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木リン・ゾオ・カバ列車 ~ 戦争の記憶 ~

昭和16年当時6才の私は
重度の小児喘息 有名小児科医に
「余命は10才迄」と宣告され
父母は 必死の想いだったようだ
唯一 喘息発作が軽くなるのは
【転地療養】だったが
同じ所に3週間位過ごすと
発作がぶり返す
冬の定宿熱海から伊豆山へ
或いは来宮へと 2~3日間
ジプシー転地後 また定宿熱海へを
繰り返していた

16年の晩秋 熱海の宿で
特別の計らいを女将が考えてくれた
夜間の寝床で発作を起こす私に
宿の階段踊り場に 陶製アンカと小机
絵本を用意して 一晩中 踊り場の窓から
夜行の蒸気機関車を眺めたり
ウトウト寝たりは 如何かと?
狙いは的中!?だった
大好きな「本を読む」
「汽車ポッポを見る」事で 気持が安まる
喘息発作の起因
子供心の強迫観念も有で― 
夜寝ると発作が起きるのが
―解消されて 毎晩 夜ょ来い(^^♪♪
夜ょ来いの気分になった

幾晩目かの深夜 線路を照らす灯りが
すうーっと半減し 貨物の無蓋車が
ゆっくりと 熱海駅直近で停車した

薄明りを目を凝らし よく見ると
キリンと象とカバに シートが
掛けられているようだ
ゆっくりと麒麟 象 河馬列車が動き出す
ほどなく 次々と 麒麟 象 河馬列車が
暗闇から ゆったり来る 
~ 幼な心の好奇心をソソルのに
十二分なスリル感があった

後日談である ほの暗い暗闇
夜行列車終了後運行
無蓋車の 麒麟に見えたのは高射砲
象は大砲 河馬は戦車
それぞれが積載されシートを掛けた
兵器輸送車だったのだ

母にも宿のおばちゃんにも内緒
イッパイ来る麒麟象河馬の数を
帳面に書く事に決めた
帳面には 麒麟=木リン
象=ゾオ 河馬=カバアと書いたが
積算に正の字使用は無知 11111を
並べる書き方で 毎晩大満足だった
だが 私の【宝物帳面】が紛失した
内緒にしてた母にも 宿のおばちゃんにも
打ち明けたが
【宝物帳面】は行方不明??!??

ゲンキンナモンデ その晩から
マタマタ喘息発作再発~~~
コマッタ コマッタの状況下
数日後【ワタシの宝物帳面】が発見された
だが しかしである ソノ【宝物帳面】は
憲兵隊に保存されてあるとの事
宿には「帳面持主出頭命令」を告げに
警察官が来た 昭和16年11月だった

昭和16年12月8日大東亜戦争開戦
後年名称「太平洋戦争」
「第二次世界大戦」

(つづく)

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