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その時カンナが咲いていた③ ~ギブミイチョコレート~

そして思い切って一枚全部を口に入れた
恐る恐る噛むと だんだん味が
薄くなるのが心細かったが
私は味がなくなった分
大胆にクチャクチャ噛みながら
この初体験の自慢話をしょうと
家に帰ると 店へ廻り『ただいまァ』と
父に声をかけた

「お帰りぃ」
「建二 何食べているんだぃ」
「道々 歩き歩きでものを
食べてはいけませんょ」
父の言葉をさえぎって待ってマシタと私は
“チューインガムを クチャクチャやると
歯磨きになる エーセーにもイイ”
と力説シタものだ

『それでサァ アメリカさんはサ』と続けた
『虫歯が無しで 大きく成れるンだってサ』
と コマッシャクレタ変な能書きも
並べたてた

「フーン」と父は 半ば呆れ
感心したかのようでもあった

「そのチューインガム 高いのかぃ?」
「どこで買ったんだぃ?」と父に尋ねられて
調子に乗った私は 本日の出来事
アーメン幼稚園での成果の 一分始終を
得々と喋り出した

得々と喋る私の話の佳境というべきか
アメリカ兵が ガムやチョコを
放り投げた話に
及ぶと にこやかだった父の顔付きが
一変した

「お前! 拾ったのかっ!」
「アメ公! 地面に投げたのかっ!」
凄まじく怒り出した父の形相に気負わされ
私は声を呑んで コックリと頷いた
間髪おかず 父の拳骨が飛んで来た
よろめく私の腕を掴んで
二発目の父のゲンコが
私の顔面に炸裂した
店番のシズちゃんが「旦那さぁーん」
と止めに入った

大声で泣き叫ぶ私の騒ぎに
母と女中さんが奥から飛んで来た

「お父さんはまったく手が早いんですから」
「子どもの言い分を
良ぉく聞いてやって下さいましな」

母の仲裁に力を得て
私は泣きくじゃりながら事の顛末を告げた
ところが ガム拾いに話が及ぶと

「お黙りぃっ!」
鋭く母が言った
「乞食は ウチの子じゃありません!」
「口から出しなさいっ!」
と 母に頬をツネリ挙げられた
ガムを吐き出して私は
『ガムは 口に入れとくモノなのにー』と
抵抗を試みたが
「恥知らず!」と 母に一喝された

母は先年九十三才で亡くなったが
烈火の如き怒りを露わにしたのは
後にも先にも あの時だけだ

「拾って食べて良いのは
節分の豆だけっ!」
「武士は食わぬど 高楊枝!」

立て続けに飛び出す
母の小気味良い啖呵の連発に
ドキマキしながらも 私は
言葉の意味がワカラナイと
最後の抵抗をした

「腹は減っても ヒモジュウナイ!」
『ワカラナイょ ウチはサムライじゃなくて
アキンドでしょ』
「ナマ お言いでない!」
母からも 平手打ちが飛んで来た

母は衿元を直して 父に向き直り
頭を下げて言った
「お父さん申訳ございません
私の躾方が悪うございました」
父は小さく頷いたあと
「掛け合ってくる」と店を出た

目の前の交番から出て来た
お巡りさんの制止を振り切るかの
様子でもあった

母は 店の前に立ち続け
父の後姿を追うようにして
何度も何度も小さく 頭を下げていた

~ その晩 父は帰宅しなかった ~

(④へつづく)

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