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“敗戦”を“終戦”と言い換えは死者への冒涜 ~ 82才の遺言 ~

昭和20年8月15日【敗戦】
【終戦】と言い換える
マヤカシ逃げ口上語句の定着が
日本人の精神風土から『潔さ』を失わせた
昭和20年8月15日は 大日本帝国が
【無条件降伏】の日
ポツダム宣言受諾の日だ

【東京大空襲】
再び言うが アメリカ空軍
B29爆撃機による 照明弾投下
逃げ惑う人々に爆弾投下炸裂
油脂のバラマキ 焼夷弾投下
機銃掃射を終局にした
入念な虐殺であった

当時 東京は「帝都」と称していた
大日本帝国の帝都の謂いである
大日本帝国「帝都東京」には
軍部総司令本部「大本営」が存在し
陸海空軍総司令官
大元帥陛下起居の「宮城」も存在する
謂わば大日本帝国の頭脳心臓部だ

その頭脳心臓部 帝都東京下町への
アメリカ空軍爆撃大空襲が
3月9日深更だったが 対する日本軍は
空軍迎撃機ほぼゼロ
陸軍高射砲も能力貧弱であり
東京下町は壊滅的に 茫々たる焼け跡
焼野原 非戦闘員の無惨な犠牲死者
十万余人だった

翌日茫然自失 そこかしこの 御遺体収容
或いは 焼け跡整理にも
軍隊出動皆無の事態で
指導者に理性と決断あれば
この東京大空襲での決定的な
軍事力敗北を自認し
この機に 講和へ向かう一歩とすべき処を
あろうことか指導者の保身と狂信により
「更なる戦い」抗戦を決定した
「一殺講話<講和>」
米英に打撃を与え優位に立ち
講和条約締結を夢想
噴飯もの無謀 指導者達の
究極の自己保身だった

「更なる戦い」とは
特攻隊 人間魚雷 対戦車地雷
何れも人の生命を戦力にしたものだ
美談ロマンで語られる特攻隊も
成功率10%以下 ましてや
人間魚雷においておやである

「滅私奉公」「醜の御盾」
更には「一億総玉砕」に至っては
軍国少年の私ですら
「みんな死んで どうするの」と
疑問を呈したものだが
かくて沖縄地上戦で
住民4人にひとりが犠牲30万人の戦死
広島長崎原爆死者23万人
横浜 神戸 大阪 名古屋 仙台
全国各地の空襲犠牲者......
これらの犠牲者は敵によるものでは無く
大日本帝国指導者の
保身の結果と言えるのだ

滅多打ちの負け戦
無条件降伏の八月十五日は
【敗戦】以外の何ものでもない
御体裁の【終戦】と言い換えは
死者への冒涜である

(つづく)

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