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【ライオン看板 敗戦後復興の証】①

東京大空襲昭和二十年三月十日未明
唸りを挙げアメリカ空軍B29爆撃が
東京下町を襲った    下町には
女 子供 年寄りのみが暮していた
深刻な戦況不利 青年達は全て徴兵
中年も軍事徴用か壮年兵招集だった

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爆撃は凄惨苛烈を極めた
照明弾投下 真昼の明るさに 照射
逃げ惑う人々に 炸裂爆弾を 投下
次に低空から油脂グリスを散布して
焼夷弾バラマキ炎上させ 機銃掃射
悲惨な焼死者は十万人を超えた

昭和二十年八月十五日無条件降伏
敗戦は死と隣り合せだった人々に
明日へ生きる希望の灯をもたらした
皇居前の米寄こせデモ 飢えていた
ボロボロを着た浮浪児 戦災孤児
物乞い白衣傷痍軍人達の切ない姿
やがて焼け跡にバラック小屋が建ち
復興へと歩み始め平和と民主主義が
小父さん小母さん達の口から語られ
東京下町の商いにも活気が出て来た
バラック建ての商店が競うように
店の上部に「トタン看板」を掲げた
下町商人の健気な心意気の看板だが
前だけ立派 後ろ建物が見劣りする
丁度ライオンのタテガミの如くだと
東京っ子らしい洒落の ネーミング
【ライオン看板】の呼称が定着した
町のランドマークとして満七十年
今や東京都内で最大にして唯一の
【ひらさわ呉服店ライオン看板】は
父や母世代が戦争の業火をくぐり
平和へ辿り着いた記念碑なのです
 
  ひらさわ呉服店
      店主 平澤 建二
           八十二才

2017(平成29)年5月28日号
毎日新聞日曜くらぶ広告欄掲載

※2018(平成30)年3月迄連載予定

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