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2016年12月

死ぬまでは生きていたい

脇玄関の傍らに 紅い鮮烈な椿が
満開である
残念ながら道路際 落花の風情は
愉しめない 
「水仙も咲きましたょ」と
仏壇の供花に添えてくれたSさん
『花心』がある人だ

Iさま(店主と同い年)お久しぶりの御来店
「ハイお土産」と和菓子と共に
葉や小枝付きの柚子と蜜柑を下さった
「出掛けに 庭のを切って来たのょ」と
今や都内では珍しい鶯のやってくる
庭あるお家にお独り住まいで
目下「俳句とフラダンス」に専念
半年前に私がお貸しした
【山頭火】の本4冊
「楽しかったわ 独りだと煩わせずに
本が読めます」~
「7割引だと勘定がムズカシイ」
「ハウマッチ?」
「ワーィ ホールインワンだわ」とお買上げ

Sさま(店主と同い年)お若いころから
花柳流の名取だが
「だめょ近頃 おさぼり稽古」
「平日は 娘二人のところから
孫三人預かるの」
『大変でしょ』
「いいぇウチは放任保育園」
「お宅のお母さまが90才の頃に
人生50年は昔々当節はお年を
4割引で柄選びなさいませ」
「柄は4割引き 値段は7割引き
これこれこの訪問着」とお買上げ

Oさま (91才)ご遠方から2時間かけて
車でのご来店
(クルマデワ心配デス 店主)
癌手術を2度されて
主治医からはウオーキングも
止められたとかだが
「声を出す位」の運動は良いと
自己判断 詩吟を始めて一年目
来春の初舞台に
「先生から洋服でも良いと言われたが
シャクなので」と
御召の着物と袴を御新調
近々着付講習に再度御来店である

Sさま (店主と同い年)
ヤマハ音楽教室で
【サキソホン学習中】である
【サキソホン】は
①「指の運動 ボケ防止」
②「肺活量一杯 生きてる証拠」
一石二鳥と学説展開されている
発表会用に きものひらさわオリジナル
【 スカジャン】と【きものベスト】を
御誂えである

お名前は極秘 お年は90代半ば
毎日毎日 雑巾を1~3枚ずつ
縫っておられ にこやかだ
日本各地 毎年何処かの災害の都度
匿名でお金を添えて【雑巾数十枚】を
送っておられる

生き方は多様だが
私も是非『死ぬまでは 生きていたい』と
心底考えている

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一期一会

ベット傍らの窓越し 山茶花満開
桃白の花びらが雨に濡れ
心に沁みるメッセージである
暮れ半ば 今年はいろいろあった
「申年は危難の年」だそうだ

そう言えば 普通なら 生涯一回だけ
罹患の【帯状疱疹】に 私は4回も罹った
お見舞いの知人から
「美智子皇后様は 帯状疱疹に
三回罹られた」と聞いて 納得をした
コウキの人は回数が多いノダ
美智子皇后は高貴
ワタシもコーキ(高齢者)である

【ゲリラ豪雨】とてつもない被害に
遭遇したが 目まぐるしい雑事から
やっと一段落である
水濡れの畳替え 床の張替修繕を終え
ベランダ排水口増設とライオン看板と
大看板修復が来春着工決定だが
聊かならぬ難事は
『金策とワタシの天国行き』
目安の予定が 未定である

「人は支えられて はじめて人」
「一期一会」
言い古された月並みの言葉が
日々有難かった

朝八時半 朝寝の私には深夜同然!
十時開店 店員も出勤前
鳴り響く電話が止まらない
『モシモシ』と仏頂面 愛想ナイ声で
応対すると
「おたくのお店 七五三揃ってますか」と
オキャク様ダァである
途端に声変り→愛想ヨイ声で→
応対開始 ゲンキンな事この上ない

「お昼に薬を飲む時間が大事」
と仰るその方が 翌日開店前に
店前でお待ちの御来店だった

「七五三祝は まだまだ先なのですが」と
言われて 継がれた言葉に 息をのんだ
「癌で余命三カ月と宣告されてますの
形見に……孫の晴れ衣装をと
思っております」と仰る

お節介な私 商いをさて置きで
『癌の免疫療法 癌手術後の漢方治療』
等のあれこれを 知人や末弟の体験を
踏まえて 長々と 癌患者の希望ある
闘病について私が語った
~後 きっぱりとした口調で
「有難う ほんと有難いわ 初めての私に」
「でも」と語を継がれた

御子息が 癌の専門医
昨年11月健康診断
今年2月人間ドックで異常なし
~~ 6月骨折 レントゲン検査で
ステージ4の癌が発見された ~~
との経緯
――しばし言葉を失った私

デパートに無かった素敵な品が
格安で揃えられたと大喜び
ご予定時間を過ぎて帰られた
御納品に 徳島桐の衣装箱を誂え
御名入れをした
「アリガトお気遣い」とお電話を頂いた

旬日後 旧知の 口で絵を描く
川合誠さんのサイン入り絵本をお送りした
小さな震え字で お便りを下さった
「ボタニカルアートが 大好き」と
記されてあった

暮れに入り「錦松梅と梅干し」をお送りした
「ご飯が進む 美味しい」そして......
「只今 酸素ホース
10m以内の暮らしです」と
お葉書をいただいた 

~~ 2週間を経て
私は 未だ ご返事が書けていない ~~

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捲土重来を期す ~ 8月20日 ゲリラ豪雨被害 ~

【きものひらさわ】8月20日
ゲリラ豪雨被害から100日が経過した

悪夢の如きあの日の昼過ぎ
けたたましい「社長!社長っ!」と
女性店員に呼び起された
二階展示室にマイクロエレベーターで
上がり 一目 愕然 唖然とした
数十反収納の【男の着物商品棚】に
水道の蛇口全開状態に
水流が激しく落下していた
『三階っ』『三階からだ』と叫んだが
~私自身は頸椎再手術後12年間
自分の居室3階へは一度も上がって
いないし 上がれない~

*2階から3階への階段が
L字カーブ構造で エレベーター設置が
私には危険とされていた* 
ましてや 歩行不自由 身体障害の私が
自力で 階段を一段づつ上る事は
全く不可能であり 介助者一緒でも
危険と厳命されていた

だが 火事場の馬鹿力
もたもたもたと這い上がり
三階に上がり 再び愕然とした
道路側2m巾のベランダには
篠突く激しい豪雨だが
反対側は消防放水さながらのゲリラ豪雨
花樹好きで植木場にした
14畳のベランダは 波立つ池の如くで
長靴半分を水中に排水口点検の店員
「水は流れてます」と叫んでいた

ゲリラ豪雨が去り 改めて
商品損害の巨きさに愕然
その晩一夜 眠れぬままに過ごした

翌日 水濡れ商品の片付けに
店員二人応援の問屋店員三人が
いつになく笑い声を立てず
冗談も交わさずに 黙々と
整理仕事の雰囲気が辛い一日だった

来る日も来る日も水濡れ商品の整理
愛着ある一反一反には どれもこれも
仕入れの際に思い入れがあるのだが
水濡れ反物には 吐息ため息だけが
付きまとった

旬日を経て 御見舞い頂いた方々
励ましにお出で下さる方々にお会いして
ホッと一息の 安息が戻ったようでも
損害の大きさには
幾晩も眠れぬことがあった

眠れぬまま行きつ戻りつの考えの結論が
【七割引きセール】だった
それしかないだった

新品や正規品を 商人根性で
仕入原価を考えて『勿体ない』が
脳裏にふつふつと浮かぶが
『やるっきゃない』と決めた

【きもの 季のもの】の言い伝えがある
【きものは 時機のもの】でもある
【7割引きセール】で
新たな さまざまな出会いがあって
今ふつふつと希望が湧いてきた

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