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2016年9月

戦争と天皇🉁 ~天皇の御言葉~

6月14日劇症の帯状疱疹に罹り
一旦治癒の途中 医師の
「不適切処方の薬」の副作用で
頭重と手指の震えに悩み病床だった
加えて8月20日のゲリラ豪雨で 
「展示室のきもの」が水浸し
被害額約2000万円 内憂外患の中
それでも気にかかることがあった

【天皇の御言葉】
息を詰めて聞き さらに全文を
くまなく拝したが
世論調査の結果とは別に
私には 意の足らざる事が多くあった

今上天皇と美智子皇后は共に
献身 心を籠めて 先の大戦での
慰霊の旅にお出になる
サイパン パラオ フィリピン
報に接する毎に お二方に 私は哀切に
敬意を抱いていた

天皇皇后両陛下が謂わば天皇家の
【負の遺産】に真正面から向き合われて
揺るがせ為らぬ慰霊と償いを御考えかと
拝して共感していたからなのだが
この度の【天皇の御言葉】には
先の大戦を省みる脈絡はなく
向後の天皇家が向き合うべくの大事
民主主義国家日本
平和国家日本の初代象徴天皇としての
御決意御抱負を 語られては
おられなかった


私は昭和十年の生れ5才の時
(昭和15年)が 大日本帝国皇紀
二千六百年の祝祭典だった
向島生れ馴染みの市電通りに
「花電車」が来た 
爺やに背負われ肩車をねだって
キラキラ輝く 満艦飾の花電車を
2停留所も追いかけたそうだ
時まさしく日支事変の戦勝に沸いていた

万世一系の皇尊(スメラミコト)
現人神(アラヒトガミ)と
天皇陛下は雲上の存在とされ
私は物心つき知恵も精神も
軍国少年に育った 
大東亜戦争も天皇の統べる
「神州不滅絶対」と刷り込まれて
「鬼畜米英」も刷り込まれ
大御神天皇と心の芯まで
刷り込まれていた

昭和二十年八月十五日その日迄
天皇陛下の御為に「一死報国」が
私達の決意合言葉だった
玉音放送に依る戦争終結を半ば放心
半ば呆然と 大人達も 私達少国民も
聞いた

戦死者310万余人
東京大空襲焼死者10万余人
沖縄地上戦死者20万余人
広島長崎 原爆死者16万余人
シベリア抑留死6万余人
さらに無辜の
東南アジア諸国民の死が在る

【戦陣に死し 職域に殉じ
非命に斃れたる者及び其の遺族に
想いを致せば 五内為に裂く】
【昭和天皇詔勅】の一節である
ここに【天皇家の負の遺産】が
明示されていると私の所存だ

81才戦時下を生きた私達には
「玉音放送」なのだが
正鵠な歴史上の呼称に改めるべきだ 
戦後71年 歴史の事象として
冷静に考察すれば
玉音放送とはまやかしで『無条件降伏』
終戦とはまやかしで
『敗戦』と 呼ぶべきが正しいのだ

今やまさに この国の過去の過ちを
冷徹に知り尽し
この国の未来へ託すべき
大事を語り合う時と思う

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