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2015年8月

敗戦後70年談話 ~ アベ政治を許さない 金子兜太 ~

【浅学菲才】
かって政治家が要職に就く時 自らを謙遜して
=学問教養が浅く才能がない=の謙譲語句だが
70周年談話では 自らの言葉を持たず
自らの識見を持たぬ安倍晋三には
『浅学菲才』が 妥当な客観的評価ではないか

【氏より育ち】 
安倍晋三は 母方の祖父岸信介に
溺愛されて育った
岸信介は大東亜戦争開戦時
東條内閣閣僚として 開戦に署名捺印をした
敗戦後戦犯として巣鴨拘置所に収監されたが
何故か何故なのか スルスルーット
釈放された

【右顧左眄】
右や左のダンナ様
談話はアレヤコレヤ言い抜け
3300文字の長セリフ
冗長ゴ退屈サマ支持率狙いがモロ見えだ
開戦も戦時も 突き詰めれば
ブーメランのように岸信介の系譜の責が
安倍晋三には有る
そこから逃げたいのが安倍晋三の深層心理だ

【巧言令色仁少なし】
「戦争」「侵略」は単語熟語のみ羅列
将来の言い抜けを考えたようだ
:I LOVE YOU:
私(は)愛(す)貴方(を)と
助詞次第で語意が変わる日本語の特性に
隠れた卑劣
どうせ誰かの入れ知恵だろうが
不誠実で不快な話だ

【出処進退】
潔さが 政治家の要諦だが
第一次安倍内閣でオーストラリア
インドの外遊からの 帰国直後に
施政方針演説をドタキャン
安倍晋三「お腹痛い」との
極めてメンタルな病に
医者も苦心の病名を付けた
率直に言って一国を背負う気概があれば
紙オムツをしてでも天下の大事施政方針演説を
行うのが 誠心誠意と言うものだ

【品格品位】
人は退く時 品位が表れる
安倍晋三は総理大臣を辞めても
国会議員を辞めなかった
報酬と地盤に綿々していた証拠だ
オトモダチ内閣と揶揄された
第一次と第二次内閣は同工異曲で
法制局長官:日銀総裁:NHK会長
臭気紛々の人事
これを見逃すメディアと無恥ゴ同輩選挙民!
++呉服屋のオヤジさんの嘆き節は
種尽きずで綿々と続くのだが『ツカレタ』
今日はこれまで+


ソウソモウヒトツ安倍サン:別荘生活ゴルフ:
これは激務の合間気分転換に必要だが
毎夜毎夜の外食は
【大腸】のタメにヨカない不摂生
それと 一国の元首が自宅通勤って
聞いた事ない不条理である

萬余のプラカードの中 敢然渾身の筆誅
金子兜太氏96才の墨書に賛同讃嘆する

Photo
95才 金子兜太氏 渾身の筆誅ポスター(揮毫)

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子供達の戦争 ~ 毒蝮三太夫さん・平澤店主 ~

毒蝮太夫さんは 数年前 TBS放送の
ライブで【きものひらさわ】に
お出で下さった
それ以来の親しいお近付き
近頃は『まむしさん』と言うよりは
下町気質で義理堅く人情厚い 石井伊吉さん
みさを奥様と 愉しい遣り取りを
させて頂いている

筆まめな まむしさんから
暑中見舞いの葉書が来た
【郵便葉書のイラスト】花火が
焼夷弾に見えます と書かれてあった
仏壇の御位牌は 五人全員が
三月十日命日です と書かれてあった

150803

まむしさんは 私より一才年下で
【七十年前の三月十日 東京大空襲】に
惨たる経験がある

ヤフーの【あなたにとって戦争とは?】との
問いかけに 蝮さんが答えている
「母とふたり 空き地に逃げて何とか
助かった」
「そこには 死体がゴロゴロ 転がっていた
足首のない死体も ~ あった」
「捨ててあった革靴を拾うと 重かった」
「重かった革靴の中に~」
「足首が入っていた」
その「靴の中の足首を抜いて
革靴を持ち帰り」~~
「大切にその靴を履いた」 と

辛い経験よりも 辛い経験を語る事は
さらに辛い

― 昭和二十年三月十日未明の東京大空襲では
10万有余人の焼死者が犠牲となった ―
我家は間一髪 約八十㍍先で火勢が変り
類焼を避けられた
空襲で徴用先の軍需工場が焼失
自宅に帰った父は
私達子供三人と言葉を交わす間もなく
浅草界隈の下職さん達の安否を
確認に出掛けたが 蒼白な顔色で帰宅後
一言も話さなかった

翌朝父は「建二 お前は 男だ 見ておけ」と
有無を言わさず 自転車二人乗りで出掛けた
小児喘息の私は 寒風にヒイヒイと軽い発作が
起きたが 父は無言で自転車をこいだ
向島から浅草に渡る 橋のたもとで
焼け跡の匂いの他に 一種異様な臭いが
漂ってきた
橋に上ると思わず私は ゲェっと吐いた
橋の欄干傍に数知れぬ御遺体が
積み上げてあった

ご遺体の態をなさぬ
目や耳 鼻の無い 棒状の死体に
胃に穴を開けるかのような痛みで
ゲェッゲェと 私は吐き続けた
父の差し出す手拭にゲェッの吐しゃ物包み
橋の欄干から捨てようとしたら
父が「ホトケ様がいなさる」と
叫ぶように言った
隅田川の川面を見ると ご遺体が浮かんでいた
さらに 私は吐いた 吐きつづけた
見上げると父は ボロボロと涙をこぼし
無言で泣いていた

15080801


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