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2015年6月

おばあちゃま出番です ~ 七五三お祝着半額 ~

『おばぁちゃま出番です』のキャチコピー
【七五三お祝着半額セール】が
コピーもセールも毎回々々好評で
店主のひそかな自慢でもある

◆埼玉県から4輪駆動車で
ご来店のおばぁちゃま

「狭い道商店街は 苦手だわ」と仰りながら
【三才御祝い被布セット】をご覧になった
「アーラ6900円 ひと揃い6900円?」
「安いわネ!安スギナイ!エーッホントーッ」
「じゃぁ ピンクとォ 青とォ 赤とォ」
『内孫サンと外孫サンですか』
「イイエー安いから」
「ケーキ代りに 配りモン」!
~「孫のは その辺のを」
当店初【七五三爆買い】だった

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◆浅草近くから ご来店のおばぁちゃま

前日電話お問合せ
「方々に無くて ムスコの兵児帯を
探してます」
『五才の方のですか』
「ムスコは オトナデス」
『男のきものは 当店得意中の得意です
お出掛け下さいませ』~
御来店のおばぁちゃま
奇しくも店主と同じ向島芸者街付近のお生れ
年令も同じだった
「ムスコ ムスコ」を連発され
ご用向きは
「大相撲の両国場所見物に 着物を着て行くと
特典付きなのヨ」
「ムスコは着物姿見物が希望で
兵児帯を買って!」と「ネダラレタ」トカ
『御子息様 お幾つですか』
「47才」(*_*; 
『お独り身ですか』
「イイエ所帯持ち」(@_@;)

◆山の手からご来店のおばぁちゃま
生憎と店員が不在
『当店セルフサービス中でゴザイマス』
『何しろ店主ヨタヨタ80才デス』
「アーラあたくしは87才」お世辞抜き
背筋が伸びてお元気な方
【3才お祝着】お買上げ
お茶も淹れず四方山談義を~しばし~
「よかったぁ久し振り 江戸弁聞けて
社長サンの」と仰ってお帰りだった

◆鮮やかなハンドルさばき3度目の御来店
おばぁちゃま

「ご覧になって 孫ょ」
「コレ笑顔」「コレ寝顔」「コレ立姿」
「コレお澄まし顔」マゴ 孫のオンパレード中
突然口調を改めて
「先日有難うございました」と仰る
『えっ』『ハァ』と私
「社長サンの 千の証言 載った新聞」と
堰を切った様に話され
一瞬私は胸を突かれた

「孫が大きくなったら」
「何時か やがて 孫に」
「孫にしっかり千の証言 読み聞かせます」
即座に私は ご挨拶の言葉が出なかった

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押し付けでなかった憲法 ~浅見光彦 内田康夫~

投書欄を見て「オヤッ」と思った 投書者名が
内田康夫(私の車椅子運転手K君愛読の)
浅見光彦シリーズで人気著名な作家だ
その方が敢て一般市民と同列の投書欄を
選択して「押し付けでなかった憲法」と
論陣を張っている
胸すく思いで快哉の拍手を送りたい

昭和二十一年四月 戦後初総選挙の日
早々と投票を済ませて来た
父が朝食の膳で
「新憲法になるから
これからはカカァ閣下だ」と言い
母はふき出して笑った
きょとんとしていた小学生の私に
新憲法施行で これからは男女同権の
世の中になり カカァ「殿下」から「閣下」へ
地位昇進!のシャレだと聞かされ
子供心に納得をしたものだ

投票所へ道筋になる我家
呉服屋の店先には その日終日
白いエプロン姿のおばさんや
こざっぱりとしたおじさん達が立寄り
多勢賑やかに明るい声で
弾ける様に話合っていた

「天皇さんも ご隠居身分とおんなしになって
肩の荷がおりなすったろう」
「何しろ 男衆が外国へ人殺しに
行かれなくなったてぇのは 善い事だ
善い事だ」

【現人神とされた昭和天皇の人間宣言】
【新憲法の戦争放棄】をおばさん小父さん達は
それぞれの悲惨な戦争中の体験からの
解放の証しが新憲法だと 喜び合っていた

「アメちゃん(米国)に教えてもらって」
「民主主義を知った」
私の父や母の世代の人々は
【天皇制から主権在民】【男女同権】
【大日本帝国軍国主義から民主主義
平和国家建設へ向う】
希望の拠りどころとして
新しい憲法にもろ手を挙げて
賛成をしていたのだ

現憲法は押し付けられたのでは絶対無い
戦争で失われた数多の命
戦死者310万余人
東京大空襲10万余人の焼死者
沖縄地上戦20万人の死者
広島長崎 原爆死者等 無数無残
尊厳のかけらも無く奪われた命の犠牲を
肌身で知る私の父母の世代の人々が
子や孫の平和な未来の為に
【新憲法成立】に賛成をしたのだ

今年80才の私に
この国の未来を見届ける時間はないが
八十才の私に伝えられる事はある
今日の日本の平和は 平和な暮らしは
先人先達の悲痛な人生の辛苦からの
必死の希求なのだ と

【さむざむと舗道に孤児の佇つ見れば
  ふたたびかかるいくさなからしめ】
  昭和23年募集「千のうた 千の想い」

平和百人一首より
発行所 てらいんく
TEL044-953-1828

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敗戦古稀 ~ 憲法九条 ~

書家石川九揚さんから 個展の案内状を
頂いたのが ほぼ二ヶ月前 4月の事だった
タイトル【敗戦古稀】に鮮烈な印象魅かれたが
会場が畳敷き 車椅子は無理と判断
:人生七十古来稀なり:に想いを重ねられた
九揚先生に 欠席の返事を差し上げた
『戦争のない七十年 まさに近来稀でしたが
父母からの大切な遺産 私共が身に纏った
【憲法九条】が 近頃の政治屋に
身ぐるみ剥がされる不快感
痛惜の念がございます』と

敗戦古希の語句に触発され
ブログに戦時下の様ざまを綴ろうと
何度も何度も試みたが
中途挫折の繰り返しで
1ヶ月有余が過ぎてしまった

Photo

 
【時は記憶を美化する】と言う
辛い事 切ない事 を語るのは 何とか出来る
だが 残酷や無残を語ろうとすると
腰が引け逃げの姿勢になる自分自身が
歯がゆかった
そして 戦時下の出来事を語る時に
その時代のバックグランドとでも言うべき
【世相】【家庭】の雰囲気を伝える事が
私の能力では至難であり まして幼時体験の
【政治】【軍事】への言及は 節穴を覗くにも
足りぬ見聞披露なると 挫折の連続だった

『でも しかし』八十才が伝えねばならぬ
声を挙げねばならぬ事態が 差し迫っている
言葉足らずでも 吹っ切れて呼びかける
切迫大事な時と私は思い詰めている

国会の論戦を出来るだけ視聴
新聞で仔細に確認だが
「自衛隊のリスク」とは何だろう
敢て言うが 本来その前に必須は
「国民のリスク」ではないのか
そして ポッカリと抜け落ちている大事が在る
戦闘で 戦争で 【他国民を殺す】リスク】を
どう考えるのか と 言う事だ

【他国の人を殺す】リスク】の最たる不条理は
軍隊では無い人々をも殺すのが戦闘である
それは アフガンでも イラクでも
私の体験 東京大空襲でも
古今全て同じくなのだ 


殺された人々の多くは 老人;女性;子供;
戦闘兵力が多数の非戦闘員を殺す戦争を
戦争殺戮を『止めようよ』と
戦後七十年間 私達の国は
歩んで来た筈ではなかったのか
若者の答えが 私は今 切実に欲しい

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