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2014年10月

戦時下の記憶 1

若い者に 背を押され 戦時下での
【記憶に残る 一つの言葉】を
新聞に投稿する事にした
条件が難しい ハガキ一枚に
まとめて書くのが前提なのだ

思い付く戦時下での
最も強烈な私の思い出は
:東京大空襲 :集団疎開:なのだが
【一つの言葉】のタイトルに合せ
現在の小学校
当時の国民学校初等科の子供仲間に
流行った「ヒミツのウタ」を一文にした

【兵舎の起床ラッパ】
♪ツィツィ チィテター 
ツッツッー チィテター
ツッツッー チィテター ツッツッテター♪
のリズムに合わせて
国民学校初等科の私達 子供仲間に
密かに 文字通り極秘に
流行った言葉があった
「♪シンペイサンワ カワイソウダネ
アサオキテ ナグラレルゥー」だった
昭和19年敗色濃厚な戦争末期
町の小父さん達 概ね40歳前後の人
一家の主達が壮年兵として
1銭5厘の葉書で召集された
入営するとすぐさま苛酷な教練があり
言わば中年男の動きの鈍さを
「役立たず」と 古参兵からビンタ
銃の台尻で殴られ
虐げられる日常の体罰により
ボロボロの満身創痍「肺病ヤミ」と罵られ
帰宅命令の近所の新兵小父さんが
「鬼畜米英じゃなくて 帝国陸軍に
ヤラレタ」と号泣していた

同じ頃 学校では 先生にも教練にも
絶対極秘の流行り唄があった
「♪イヤジャ アリマセンカ軍隊は
鉄の茶碗に 鉄の箸~~」
ごくごく 極秘の筈が
教師の知る処になり
組中全員が往復ビンタの罰を受けたが
「センセイの ビンタが
某君には 触ったダケデ
痛くナサソウダッタ」と
~密告者は某君~と
ほぼ全員一致の認識になり
子供達仲良し仲間に亀裂の入った
切ない 辛い 出来事もあった

子供心には 反戦の意識ではなく
本能的に大本営発表や 漏れ聞く
帝国軍隊の恥部に嫌悪を感じてたが
それでも なお 「天皇陛下の赤子」を
誇りとしていた愛国少年の矛盾を
幼な心に 抱えていたものだった

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