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2014年8月

毒蝮三太夫様  石井伊吉様  ~ ゆかたアロハ きものアロハ ~

毒蝮三太夫様
石井伊吉 様

酷暑の中 ごお元気にご精励のご様子
何よりと拝しております
「毒蝮 巣鴨に銅像 建てようか」は
私のほぼ本心であります
東奔西走! 八面六臂!
まむしさんの 当今のご活躍振りは
まさに「シニアの星」と讃えるべく
羨ましくも頼もしき限りです

テレビご出演に「ひらさわのアロハ」を
着ると わざわざの自筆お葉書を
恐縮でした
早速 きものひらさわ顧客様に
お知らせをして 当日の視聴率100%!
と確信デス
さらに時々 TBS放送中
「きものひらさわ」や
「ゆかたアロハ きものアロハ」を
まむしさんが上手にご宣伝頂く事も
その都度 知人友人から知らされ
感謝一杯です
おかげさまで 当節は
なにやら「トキ」のごとく絶滅危惧種に
近い呉服屋族の中で
「ひらさわ」は 皆様に庇護され
背を押されてゲンキ!
老骨に鞭を入れております
まむしさんが 力を入れて
贔屓応援して下さる「ゆかたアロハ
きものアロハ」も
見知らぬお客様が
「マムシに聞いたからサァ」
などと仰ってのご来店が度々あります

Mamushi2


折りしも丁度 今月
TBS会長井上さんのご母堂が
百歳のお誕生日を迎えられます
旧知の御縁で 御祝いに
「やや派手なゆかたアロハ」を
お贈りする手筈になりました
まむし流に言えば
「一世紀生き抜いたババァ」は
未だ毎月「歌舞伎見物」を欠かさぬ
傑物の方ですが
波乱の百年を聞き取りたい
この国の未来へのご感想を聞きたいと
八十才で未だ熟せぬ私は
願望を抱いております
「ザ ネクスト」は
常に私の心にある希いですが
人との出会いと 人は人に支えられて
はじめて人との古諺を日々かみ締めて
おります

20140806


まむしさんとのご縁も大事にいたしながら
しばしの日々を懸命を努めます所存です
この先も どうぞよろしくお力添えの
お願いと お目に掛れる日を楽しみに
致します
「夏が大好き」と仰ってはおられますが
格段に 酷暑 残暑の厳しい
今夏の事です
御身体には 十二分な
ご留意をなさっての ご活躍を祈ります
奥様にも「くれぐれもよろしく」と
お伝え下さいますよう願い上げます


二十六年八月二十二日
                   平澤 建二

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神部歯科医院

「老いし歯の痛みゆるぎし小夜ふけて
何と言ふこのをぞましきかな」
斉藤茂吉
約半世紀前 きもの商いを通じて
懇意にして頂いた 神部歯科医院の
居間の壁に掛けてあった
茂吉自筆短冊の短歌だ

茂吉は太平洋戦争の終り頃
山形県上山に疎開し 敗戦後
大石田に転居した
大石田は茂吉の秀歌
「最上川逆白波の吹くままに
ふぶくゆうべとなりにけるかも」の
最上川が近い所縁があり
疎開先からの転居の土地に撰んだようだ
だが いささか尊大で
近寄り難い茂吉の相手をする人は
当時の大石田では 限られて
少数だったらしい その茂吉が
神部歯科医院には しばしば訪れて
歓談をしていたそうだ
神部歯科医院の次男博氏と
茂吉の次男北杜夫氏は
同期生だったという縁もある

様々なエッセイ等で
自らの躁鬱病を喧伝した北杜夫は
高校生の頃 草野球ではあまり
球の来ないライトの守備が定番で
守っているうちに 何時の間にか
姿が見えなくなる
探すと外野の奥の草むらで
グラブを捨てて
虫と遊んでいた という奇矯な行動も
あったらしい
コレがホントノ草野球とは
神部博先生の言だ

昭和40年代 東京中目黒の東山
当今 桜名所になった目黒川の
すぐ近くに 博先生が【神部歯科医院】を
開業されて たちまち御盛業になられた
神部歯科医院へ通院者が 花柳小菊
萬屋錦之介 杉良太郎
小林幸子 さん等
綺羅星の如きメンバーだった

漏れ聞く話で 錦之介さんが
長崎奉行の役で歯並びを端正にと
注文されて差し歯で矯正し
3カ月後に 子連れ狼の浪人役で
今度は スキッ歯に直してくれとの
注文されたとか
飽くなきプロ根性に讃嘆し
他事ながら見習うべきと
当時30代若かった私は
心底感嘆をしたものだ

千客万来の多忙と
当時立位診療台の所為で
神部先生は腰痛に悩んでおられたが
私の素人治療? で快癒されたのも
ウレシイ思い出だ

ゴルフ会員権の話
株と経済の話 私の知らぬ世界を
教えて下さり 奥様には一日で3回の
お見合いをさせられた珍事を含め
神部ご夫妻には お世話なった

この夏 私の老いし歯? に珍事続々
固いあられ餅を食べていたら
奥歯がポロリ 次いで前歯に穴あき
縦割れの歯 など々々
(車椅子運転手私の主治医は
目下体調不良なので)
交通事故以来4半世紀ぶり
神部歯科医院に御願い伺った 

Photo

いささかな驚きは院長の博先生の
身のこなしの軽い事
現役そのものだと ご年令を忘れたようだ
後継者の賢ちゃん先生も立派になられ
30代の頃から私を「ケンジィ」と呼ぶ
ルミさんが指導役で
カワユク チャームで
親切なスタッフチームだった 
しばし これから月一回の通院が
愉しみではある

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