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2014年6月

八十歳からの遺言

「特攻隊」「人間魚雷」「人間爆弾」
飛行機 潜水艦 戦車を利して
兵士が兵器になる
人間を兵器にする軍命令下
「生命を賭け 死を前提」
自爆テロさながらの非人間的
残酷な手段が 太平洋戦争末期の
日本軍究極の戦術であった
無謀な戦術の命令に呪縛された
兵士達は 「天皇陛下万歳」を叫んで
死んで行った

白馬にうちまたがり 陸海空三軍の長は
天皇陛下だった 
日本中の国民学校 中学校 女学校
校門入口傍に奉安殿があり
天皇陛下皇后両陛下の御真影(写真)が
内蔵され 朝夕登下校の都度
教師も生徒も奉安殿に向い最敬礼をした
紀元節 天長節 明治節 など
祝典の日には 校長 教頭が
白手袋をして うやうやしく
天皇皇后両陛下の御真影を
檀上まで運んで来た
その間 教師生徒は黙祷を捧げ待った

現人神(あらひとがみ)天皇陛下の在す
大日本帝国は 神の国 神州と
教えられていた
「神州不滅」が絶対視され 疑う者は
「非国民」と罵倒された

天皇陛下の赤子たる国民は
「一死報国」を信条とすべしが
当時の絶対訓であった

大東亜戦争の開戦は
日を追って悲惨な戦況になり
一死報国決死の戦術も
極めて貧弱な戦果しかもたらさなかった

戦争死者310万人とされているが
内実その内訳 餓死状態の死者が
40%位とも推測され
さらに東京大空襲焼死者10万余人
沖縄地上戦犠牲者20万人
広島長崎の原爆死傷者等犠牲者の
ほぼ全員が 一般市民 非戦闘員だった

広島長崎への原爆投下後
本土各地へ空爆の拡大
無差別爆撃による壊滅的な内地焦土化
日本国民は 衣食住すべてに困窮
餓死と隣り合わせ 日夜の空襲に怯える
究極悲惨に追い込まれた
その事態を焦慮されて昭和天皇が
敵連合国のポッダム宣言を受諾して
「無条件降伏」を決断された


―― 時まさに 昭和20年8月15日
大日本帝国瓦解 敗戦の日 ――

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パンの耳カリント ~ 由紀さおり様 ~

由紀さおりさま

14053101

思わず にっこり モノでした
拙文ブログとともに「かりんと」を
ウチの者にお送りさせてすぐ後に
パン屋の若主人から弾んだ声で
「アリガト ゴザイマース
安田音楽事務所さんから
かりんとご注文頂きました」と
電話が入りました

ひと昔前に パン屋の親父が
信州生まれの縁で私どもの
マネージャーが白馬から戻ると
長々と四方山話をする仲で
「サンドイッチの耳を捨てるのが
本当に勿体ない」との
親父のコボシ話から
マネージャーが例年白馬で避暑中の
私の母の話
「昔はネ」と言いながら
パンの耳をサラダ油で揚げ
砂糖をまぶして スタッフのおやつに
好評だった
その話の展開が
「パンの耳かりんと」誕生のいきさつで
黒糖を使う事やその黒糖を
出来る限り上質品にする等の
アドバイスやらオセッカイがヒットして
今やワザワザ
「パンの耳」を毎日大量に焼いている
好況のようです

「パンの耳かりんと」の好況は
二代目後継者の安堵にも
つながってもいるようで
愉しい事でもあります

時に「由紀さんがお好きなの」との
使いの者のお喋りが
家族経営の パン屋の励みにも
なっているかのようです
パン屋に代り申し上げます
「今後とも ヨロシクお引立を願います」


平澤 建二

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