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2013年9月

毒蝮三太夫さん ~はなまるマーケット ロアアロハ~

《毒蝮三太夫さん》が ひらさわオリジナル
{ロァアロハ}を着て テレビ出演された
TBSテレビ9月16日朝
《はなまるマーケット》― 木の葉柄
オレンジ色がお似合いだった
共演の生島ヒロシさんにも誉められて
「衿に:まむし:と名入れですね」と
言われていた
きものひらさわ特選のシルシなのだ

番組は終始 マムシ独演会のオモムキで 快調
まむし節が 炸裂していた
紹介されていたがTBSラジオ
《蝮のミュージュツクプレゼント》は
45年間の長寿番組だ

昨夏 毒蝮三大夫TBSラジオ生中継で
《きものひらさわ》に蝮さんが来店
大好評だった
その折 初対面の挨拶で 私は
『ババァは蝮さんの得意ネタですが』
『ワタシにはババァがアイドル&スポンサー
御丁重にお取り計らいを~』と申し上げたが
ホームページ担当のタケウチ君に
「マムシさんは ババァと言うけど
決してクソババァは言わない方です」と
教えられ感じ入ったものだ

Mamushi2

その後 気の合う御縁と言うべきか
独特な筆書きの葉書も しばしば頂いて
楽しく拝見
さらにこの夏 私が風邪から気管支炎で
3ヶ月の長患いを聞き知ったまむしさんから
6月に大きな胡蝶蘭の御見舞いを頂いた
東京っ子の悪い癖で「言葉縁起」の
語呂合わせで 病気見舞いの [鉢物]を
根付く(寝着く)と嫌がるが
流石は まむしさんである
[快気祝]の差し札で 心配りは万全だった
私は『胡蝶蘭を夏中は 枯らすのイヤダ』と
駄々をこね 胡蝶蘭は周囲の手厚いカンゴで
8月31日まで花を持たせてくれた

テレビを観終わって まむしサンのお宅へ
お電話を入れた
奥様としばし長話
「ウチはマッタク ガス栓ひとつ
ひねれませんのょ」
とおっしゃるので申し上げた
『ガス栓の点火が出来ないのは
奥様がこれまで甘やかした御教育の失敗ですが
今後の為に 是非ガス栓の消し方については
スパルタ教育をなさって下さい』~と

ヘヘヘッーダ ホントは 自分自身にも
言い聞かせていたんだ 
けれど―だ 私も含めてジジイが
イマサラ変れるワケないよね

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なぎら健壱さん

5月10日 なぎら健一さんが
《ひらさわ呉服店》の
≪テレビ撮影収録≫に来店された
穏やかな人当りの良いなぎらさん
仕事上の野次馬?根性発揮で
商品ひとつひとつに質問を連発
なかでも ひらさわオリジナルの
「ゆかたアロハ」「黒留袖スカジャン」には
かなりな突っ込みで盛り上った

「婚礼衣装の黒留袖が
スカジャンに変身ですか ホォッ」 ◎!◎
感嘆のなぎらさん オモチャの前の
子供の如く 興味津々!興奮気味!に
話題進展
カチンでライトが消えると なぎらさん
スカジャン手に「御いくらですか?」と
聞かれた
私は『ナギラ値段! に致しましょう』と
言った 
「オーイ」となぎらさん
マネージャーさんを呼び
「お金持ってる?」「どの位ですか」の
やり取りに私が割り込んだ
『100万円』~ プフット!
お二人が笑って 御代金を頂いた
さらに ゆかたアロハもご希望で
黒地のモダンアート風の柄を選んで
お帰りだった

Nagira130510


その3週間後 5月31日
風邪で寝込んでいる私に
店員が慌ただしく声を掛けて来た
「なぎらさんです」
「ナギラサン! お出でデース」
『ナニナニ』と寝ぼけ眼にマスクの私

店に出ると 思いがけぬ温顔の
なぎらさん
カメラを手に ニコニコされていた
テレビ撮影の日は曇天で見送った
「ひらさわ呉服店のライオン看板」の
写真撮影を目的に
晴天を待って来訪されたそうだ   
『三丁目の夕日(昭和)がテーマですね』
と言うと その通りとばかりに
うなづかれた

ライオン看板は 昭和20年3月10日
東京大空襲で見渡す限り
東京下町が焼野原になった
その廃墟から起ち上がった
下町商人心意気のシンボル
敗戦復興の昭和メモリアルなのだ

なぎらさんは 銀座歌舞伎座近接の
旧木挽町 下町生まれが いささか
ご自慢の方だ
なぎらさんの生まれる前
銀座4丁目交差点を 私の祖母は
尾張町の角と呼んでいた 
現在の《和光》が 服部時計店の
名だった
敗戦後間もなく アメリカ占領軍に
接収され
日本人出入り禁止のPX(売店)になり
前面道路に何時もパンパンと呼ばれた
売春婦が 米兵目当てに
大勢たむろしていた

近接有楽町駅のガード下もパンパン
白衣の傷痍軍人 靴磨きが列をなして
雑然騒然として 当時の銀座には
下町情緒など欠けらもなかった
敢て言えば 今や地名が残るのみの
数寄屋橋 三原橋 東劇の前も川が流れ
銀座には当時思いの外
水の景観があった等と
写真撮影の合い間 合い間に
下町の懐旧を語り合い
三時間ほどして帰られた

Nagira130531


― 日本カメラ8月号90ページ ― に
なぎらさんの 写真作品が掲載された

紺青の空 たなびく白い雲
夕茜を背景に レトロな昭和
「ひらさわ呉服店」ライオン看板

ひいき目でなく 心象堂々の作品に
魅かれての 写真マニァが
しばしば訪れる昨今である

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近況報告である

初夏から晩夏 風邪をこじらせ
気管支炎になり体調不良の 約3ヵ月半
声も出難い

某日 車椅子運転手のK君が来た
「熱は下がったぁ? 調子は どぉ?」と
聞かれ ややスナオではない私
『良い筈ないだろ』
『私達のトシになると カゼ゙こじらせて
天国行が定番だょ』と突っ張った
「フーン」とK君
手土産を仏壇に供え チーンの後
オモムロに言った
「今 お母さんに連絡しといたょ」
『?!?!?!~』
「お母さんがネ アーユウ ウルサイのは
来させないでくれダッテサ」
◆決り手は ★ウッチャリ

3日後 若いN君が来た 
「調子ドオすか」と聞かれ
K君とのヤリトリを披露『頭キタ』と
ここでも立上り突っ張ったが
N君曰く
「オーナー 天国へ行けるとは
限りませんょ」 だと ~ 
◆決り手は ★突き落し

数日後 ご近所のHさんが見えた
「お加減 如何ですか」と問われ
K N両君の話をして
『ウジウジ何時迄も面倒くさいから
ジゴクへでも行こうカナ』と
マタマタ得意技の突っ張り
「アーラ建二さんらしくないヮ
あそこ(ジゴク)は オ財布空っぽだと
駄目なのょ」
「ハイッ商売! 商売!」だって
◆決り手は ★叩き込み

5月10日 なぎら健壱さん
《下町の風 パチリ》のテレビ取材
録画撮影に来店された
6月 毒蝮三大夫さんから お気遣い
7月 「浴衣着てサッカー観戦」
8月 平山あやさん斉藤清隆さん
テレビ取材 録画撮影に来店された
8月 「きものアロハ」復興支援の話~~
等々 追って次に御報告します


以下ジゴウ

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