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2013年7月

毒蝮三大夫様 石井 伊吉 さま

先ごろ 私への お心の込もった
胡蝶蘭のお贈りを 有難く
拝受申し上げておりました
私は 暑中見舞いの諸方差出し葉書に
まむしさんの「胡蝶蘭」と添書した
写真を入れて聊かならずの
自慢を致してもおりました
《芸人さんの毒蝮三大夫さん》と申します
よりは 温かな気配り心配りの知己を
得た喜びに 病床の私は
ひとしお胸打ち溢れる想いでした

走り続けた己が人生に 障害があり
メーンスタジァムに入ったとも考えます
昨今ですが わずかなご縁を
大事大切にして下さる
「まむしさん 石井伊吉さま」との
『一期一会』はかけがえなく
私の大きな宝であり
この度の体調復帰に起上がる
きっかけにもなりました

Photo

昨夏7月TBSラジオ
「毒蝮三大夫ミュージックプレゼント」
生中継に きものひらさわへ来店されて
大変な盛り上がりでした
《ご当地視聴率100%?の噂!
でありました》 
当初打合せでは まむしさんに
当店の女性スタッフ2名が
対応の予定でしたが 
直前「店主さん!」と
プロデューサーに引っ張り出され
私も矢面に立たされました 
「ババァ ババァ」が口癖
毒舌のまむしさんに 若干私は
こだわりがあり
「御ババァはワタシのスポンサー!
です」と婉曲に初対面で
“釘打ちご挨拶”もいたしましたが
出入りの若者に
「蝮さんはババァと言うけど
クソババァとは言わない方です」
教えられ 成る程それが
長寿番組44年間を支える
矜持なのかと 腑に落ちたものでした

Photo_2


頂いた大きな「胡蝶蘭」の縁で
あれこれの楽しい反響がありました
見舞いの若者が BSテレビ夜の番組
「寅さん」を 大きな音量で
予約入力して帰りました
山田洋次監督も渥美清もファンの私です
昔観た《浅丘リリー》シリーズを
熱ポイ身体でウトウトしながら
ラスト近いシーン
まむしさん登場をビックリ起き上がり
見つめました
心も行動も 風船のようにふくらみ
そしてしぼみ 目一杯 衝動で生きた
リリーの言わば人生の落着先が
鄙びた処のバー そのマスター役が
若かりし まむしさんでした
ふんわりとした風貌のまむしさんは
ほのぼの終の棲家の安心安息を
演じておられました

何人もの方に
「マムシさんコマーシャルに出てますネ」
聞かされ あまりテレビ好きではない私も
しばしばスイッチを入れ
チャンネルを回すうちに
「まむしさんのCM」にあたりました
CMは
― ベンチに腰掛ける 孫らしき子と
まむしさんが好々爺然 ―として
ここでもまた 温かほのぼのムードを
満喫出来て 絶品絶妙でした

『芸は人なり』です
まむしさんの新境地か
或いは本来の持ち味なのか
喜寿のまむしさんの向後に期待する事
大なるものがあります

《胡蝶蘭》 忘れ得ぬと
御礼を申し上げます

25年7月27日
ひらさわ呉服店  平澤 建二

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《浴衣着て サッカー観戦》 東京夏の風物詩

真夏日 赫々とした太陽がかげり
突き抜けるような空が
紺青から茜色に変幻の夕刻
三々五々 浴衣姿の人波が
うねり流れる様に
アジノモト スタジアムに向かう
毎夏《 花火と浴衣とサッカー 》の
コラポレーションは
東京夏の風物詩として
FC東京恒例 夏のイベントで
今年が折り返し点の11年目だったが
― 諸般の事情あって
今夏で終了する事に決定した ―

事情はこうだ

昨秋或るイベントの花火が
隣接の調布飛行場の枯れ芝に落下して
ボヤ騒ぎがあり 関係省庁が頑として
花火不許可の方針だったのだ
花火、浴衣、サッカーのコラボの一角が
崩れ『なおの未練を私は嫌だ』と言う
結果なのだ

11年前 FC東京専務村林氏が
私の知人 大手新聞社事業部長の
紹介で来店された
紹介の言葉は 交互に「真面目な男」と
「変った男」だった 

真面目男との紹介が村林氏
変った男との紹介がヒラサワ君だった
両者の意気投合に時間が
かからなかった
「失礼します」と脱いだ村林氏の靴に
私が一目で惚れた(?)のだ

紹介した知人曰く
「観客動員の営業に 村林氏は
東京中をくまなく歩いている」
ナルホドその証左に 村林氏の靴は
両端が極端に減っていた
後日 そのエピソードを
彼の部下に伝えたら
「単に足癖の問題でしょ」と言い放ったが
― そういう馬鹿をワタシハ嫌い!だ ―

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観客動員の烽火=浴衣姿は
意表を突いたプランだと好意的に
朝日新聞が大きな記事に取上げて
評判になった
「任せて」と胸は叩いたが
内心気掛りの観客来場者は
1000名を超え「浴衣でサッカー観戦」の仕掛け
初戦は大成功だった

次の年 私は 頸椎再手術で
再起不能の身体障害になったが
周囲の若者のエールと力添えに支えられ
第二回目も それ以降もメディアから
「仕掛け人」などと面映ゆい名で
呼ばれながら 車椅子の身体で
節目の10年まで力を尽くしてを終えた

普段 口癖に若い連中に言い続けていた
人生『ザ ネクスト』の言葉が
そのまま自分自身に ブーメランのように
跳ね返って来たのかも知れない

そして浴衣姿のイベントは
広島、柏の両サッカーチーム
プロ野球 オートレースにも拡がった


懐かしく 思い起こす
日没 ピッチがカクテル光線に浮き上がり
大歓声のサポーター 応援旗の揺らぎ
絶え間なく動く選手を三階指定席から
浴衣姿で眺めるのは 王者至福の時
やがて夜空に打上げ花火
一幅の絵~と 私は自賛していたものだ

十年ひと昔 さまざまな出会い
さまざまな語るべく 多くの思い出もある
~惜しまれつつ 終える~
何れかの折 何れかの時
又と言う機会があると信じたい

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