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2011年7月

松本復興相

松本復興相が 暴言事件で辞職した

暴言! 暴言!と 騒ぐメディァと
国民の方が ヨッポど暴騒族?だったと
私は考えている

松本龍氏の言
確かに言葉遣がやや粗雑だった
だが 暴言!!暴言!!と騒ぎ立てる事由は
ない
ヒステリックなコメンテーターや
その受売り専門の無脳力者には
是非とも じっくり聞かせたい
正鵠があった
衝くべきを衝いていたと私は思っていた

宮城県知事面談事件では
私は松本氏側に肩を持つ
言うまでも無いが その当日は
《宮城県知事》が
県民被災者全員の胸中にある
「痛苦」「悲哀」「苛立ち」
その全てを代弁して国政担当代表の
松本復興相に訴えるべく
言わば 絶好の機会だった筈である と
すればだ

知事には〔松本復興相を〕
今や遅しと待ち構える位の
切迫した気迫が 絶対必須の条件である

『ソレナノニ 知事の方が遅れての入室は
ナイダロょ』と私は考えるノダ

伝えられる宮城県側の弁明=
知事の入室が 約束の定時だったと
してもである
遠来の人が 先に入室をしていたら
まず丁重に ねぎらいの言葉を
発すべきが 礼儀ではないか

それ無しに いきなり握手を求める
無作法は
『ワタシャ大キライ!
ワタシでも腹を立てる』

宮城県知事が 漁港の集約化
特区を思考しているのを
漁民の方々の多くは 反対だとも聞く
集約・規模拡大・大資本流入・の危惧が
漁師の人々にはあるのだろう
海の男の「自立・独立」の気風と
気概とを損ねては
復興への道筋に 相反するのではないか

「コンセンサスを得ろョ」との
松本氏の言はコイズミ構造改革に似た
失敗の 二の舞をも防ぐ
大切な大事な助言だと
私は考えるが 如何だろうか

―「九州の人間だから何処の市だか
判らない」
「知恵を絞れ 知恵の無いのに
金を出さない」―

壊滅した三陸鉄道
かって国鉄山田線時代
私はこの三陸沿岸の人情風土が好きで
毎年旅をした

田老へ行った 大船渡へも寄ったが
そこかしこで 微妙にしかし間然と
人情風土が異なっていた

東京育ちの私が『東北』と
ひとくくりするカテゴリーでは
律し切れぬものを
随所で痛感したものだ

今回の大津波を当時は
想像だに出来無かったが
それでも何百年前からの
語り継がれた恐怖の津波談義を
古老から語り聞かされた
津波の怖さを知り 津波への
恐怖の想いを抱え それでもなお
その津波が襲来するであろう地に
繰り返し住み続け暮らして来た「人」とは
「人間」とは何なのか

アイディンティティとかDNAとの
言切りでは片付けられない
何かがあるとしか思えない

高台への集団移転
それだけでは解決付かぬ 「何か」にも
知恵を絞らなければ 悔いが千載に
残るだろう

松本氏は言った
「被災地で 地獄も見た 奇跡も見た」 と
この言葉に私は胸溢れて涙したものだ

敢えて蛇足を言おう
3.11大震災後 今まさに乱世である
時として 言葉足らずの荒武者をも
使いこなす度量が
リーダーに求められているのだ

今 将に リーダーとは 国民である と
私は考える が 如何だろうか

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松本復興相 ~ 松本竜 ~

6月はじめ 医療ミスがあって
私はいささかな脳梗塞状態になった
過激なほどの頭痛と右半身の軽い麻痺
ロレツも少々回らず モタモタと
アヤシイ口調になった

毎度 オフルイ話だが
私は H1年の交通事故被害のため
H2年に 頚椎手術を受けた
首を27センチ切り開き 首の骨をバラシテ
ケズッテ 腰の骨を取り出して首3ヶ所に移植
それをステンレスでネジ止め =
言ってみれば『整形外科は大工仕事』が
実感だったが リハビリ三年で
どうやら半人前の 運動能力にはなった

当時の主治医 名医の加藤文雄先生に
「難病を抱えた自覚を 常に持って
あまりアクティブには働かぬように」と
申し渡されていた


それから十年の 経年変化
再び手足のシビレが進行して
麻痺が下半身から呼吸器近く迄上った

危機回避に H18年夏再手術に踏み切ったが
結果惨敗 全身麻痺硬直歩行不能
車椅子になった

それでもメゲナカッタのは
私を支える多くの人がいたからだ
さまざまな立場で さまざまな言葉で
掬すべき多く事に支えられた


治療の一環で 2週に一度
脊髄へ麻酔薬注入の ブロック注射を
打っているのだが
今回は それが誤った場所に注入され
結果 ネタキリオジサン&ボケオジサンで
日がな一日寝ていた

その体調状況では 誰が来ても
起きるのが ハナハダしく 面倒でもあった

見舞いに来た S君の帰りがけに 私が
『玄関の鍵は 閉めずに帰って』と伝えると
S君
「トンデモナイダメです 夜お一人でしょ
不用心デス」とムキになり
我が家6ヶ所の出入口を全て厳重チェックして
完全戸締りをして 帰って行った

次の日タケウチ君『鍵閉めて』と頼んだら
「夜お一人でしょ ドコカ一ヶ所
鍵を開けて置く方がナニかの時 安心デス」
との ゴ託宣で! 某所の鍵を開けたままで
帰って行った

カギをシメロ! カギをシメルナ!
意見は異なり正反対だが
二人がふたりとも親身ではある

ひとりは 夜間防犯上の無用心を考え
ひとりは 夜間体調急変の際の 救急を
考えたのだ 

二人とも 深夜一人の私を
親身に配慮した上での
結論が大きく異なっていた


世の中 議論とは
これに似たたぐいの事が 多いのではないか

「松本防災大臣 暴言!」と
ヒステリックなステレオタイプの騒音で
辞任劇の幕が降りたが
掬すべき 近来稀な名セリフを
私だけは覚えておく心算だ

被災地で「地獄も見た 奇跡も見た」

松本竜防災大臣の 言葉である

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