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2008年7月

栗花散 ~ 父への詫び状 ~

不確かな私の記憶で 「栗花散る」は
梅雨明けのことと思っていたが
梅雨入りの事かも知れない

信州白馬村 御宿かやぶき茶屋と
お隣の神社の家との境に
大きな栗の木があった

梅雨明けの頃 栗の花が真っ白く一面
道に散り敷いて[男の匂い]と言われる栗の花が
独特の芳香を放ち
目に前の清流に 零れては 流れ
浮かんでは 沈み行くさまは
煙るような雨季の山里の
静かな幕引きの情景だった

四季とは別 五番目の季節といわれる
梅雨のそのころ 白馬は森閑と静かだった

今の私 車椅子生活では 叶えられないが
あの大きな かやぶきの家の長い廊下で
日がな一日 ひとりで 本読みをしたい と
うとうとしながら考え 思いはやがて
様々な出会いの 一期一会
懐かしい あの人 この人に 思いを馳せた


H先生 大阪枚方市の教職に在籍される
敬愛すべく魅力的な方だ
几帳面なお人柄の顕れた御書体の
丁寧な長文のお便りが届いた

お便りを一読思わず ざわざわと心が揺らぎ
しばしして 噴き上げる感動が突き上げた
私のブログ『父への詫び状』を
中学の社会科授業のテキストに
使って下さったとあった

拙文ブログを認めて頂いた事が
嬉しかったのではない
父や母たち その世代の積年の思いが
やっと やっと 少しだけ
言わば世間の日の目を見た事に
感動があったのだ


昭和20年3月10日
アメリカ空軍の絨毯爆撃によって
東京の下町は灰燼に帰した
米軍の無差別爆撃により
女、子ども、老人が標的にさらされ
焼死者は10万人を数えた

東京大空襲の惨禍が
むごく酷かっただけではない 

東京無差別爆撃の立案者アメリカの
ルメイ将軍にたいして あろうことか
後年 日本政府が勲章を与えていた
唖然たる理不尽があるのだ

その東京大空襲
父や母の世代の 歯軋りするような
無念の思い 胸掻き毟るような
やるせない憤りを 話し伝え語った時
ホームページ担当のタケウチ君が
「ブログでなら 思いのままを書けますょ」と
背を押してくれたのが
私のブログのはじまりなのだ
何としても精一杯私が書き綴りたかった
私の『東京大空襲』を
少年たちに 少女たちに 伝えて下さった
H先生 
遠い大阪枚方市の中学校の社会科テキストに
取り上げて下さった
H先生
H先生に 今度は お会い出来るのは
何時だろうか 

その日は 何を語れるのか と
はるかに 想いを馳せたまま
ご返事を書かずじまいである



―偶然だろうが お手紙の封を切ったのが
母の命日 六月十四日 で あった―

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