« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月

偽装考-急がば回れ-

イタリァのブランドバック プラダ
ドルチェ&ガッパーナの ほとんどが
中国製品中国人製だと
雑誌のコラムに書かれてあって
『ムっム ハっハっハッァ』 と
笑わせて イタダイタ
メイドイン チャイナ中国製は
ランク落ちが定評であり
「安かろう 悪かろう」品なのは
今やジョーシキの部類でもある

タダ笑えないのは かって半世紀前頃
ワガ日本製=メイドインジャパンも
シルクと真珠を除いては ホトンドが
粗悪品の代名詞だった時代がある

敗戦後 資源のない日本
食うや食わずのビンボーニッポン
8000万人の日本人が「食わんがため」に
唯一頼りにした元手(資源の代替)は
労働力だった その労働力のこれまた唯一の
長所は勤勉だった

勤勉  ジベタをハウような暮らし
バクダット並の瓦礫 ビンボーニッポンが
やっと這い上れたのは
「働かざる者 食うべからず」
ドコカのスローガンを合言葉
明治 大正 昭和一桁世代が 刻苦精励した
お陰だった 

{「勤勉」「刻苦精励」}ナツカシイガ
近頃の日本人気質からは
雲散霧消した言葉でもある


日本人が ニセモノ マネモノを
未熟者が作っていた時代
粗悪メイドインジャパン品のなかで 
やっとこサーで 日本発の優良品
ソニーのトランジスタラジオが売れ出して
世界中を席巻した
「オリジナルニッポン」の
胸晴れるブランドが確立した と 思えた
その頃の出来事だが
フランスのドゴール大統領が
日本の総理大臣に向って
「トランジスタ セールスマン」と 侮った

父が言った
「口惜しいね 信用は なかなかつかないね」
家庭教師のお兄さんが言った
「口惜しいのを 忘れずにいようね」
ワタシはバカの一つオボエで
好きではない総理だったが
日本国代表を侮蔑された口惜しさを
今も忘れてはいない


イタリァでは 製品中30%を自国内で作れば
メイドインイタリーでOKなのだそうだ

―ツゥコトデ―
70%中国製を輸入して
ブランド仕上げ30%を
イタリァ国内在住中国人労働者が
製作なのだという
つまりは ホトンド100%中国人の手で
イタリー有名ブランドバック出来上がりが
構図なのだそうだ
―詳しくは文藝春秋
塩野七生氏のエッセイを―

サーテ お立会い と
寅さんなら言うだろう
「花の都パリー オー ソレミヨ!の
ローマから ブランドバックの最高級
セレブな淑女のミナミナサマに
只今到着 オタカイガ
これを持たなきゃセレブになれぬ
ゴランクダサイ ネェ貴女
どっちもグッチョ ミナリッチ 」
ヒッカカったる アホがいる
提灯持ちのマスコミと それに乗せられた
ノーテンキ族だ

これ見よがしにブラ提げる ブランドバックは
デザイン 縫製 仕上りよりも ナニヨリモ
オ大事なのは 御イクラ位のオ値段を
ミセツケ 周囲の目を惹きたい
ソレッキャナイ サモシイ成金根性
達なのである 
「ダッテェ指輪より バックのホウガ
目立つモン」
見栄っ張りとは よく言ったものである

思えばこのブランドバックの この構図
{伊勢の赤福}と 同じ根ッコと思われないか
勤勉実直努力が 良品ブランドを創りあげ
名が出る さぁテ欲が出る
アッチコッチへ販路を広げ
大量生産 大量販売
「付け」は やがて回ってくる
マヤカシ 偽装 ソレッキャナイ

いささか舌足らずだが
今 私達は 急がば回れで
ダサクとも 勤勉実直さを取り戻し
真面目さを取り戻し
働く事の好きな本来の日本人気質を取り戻して
再生に向け歩き出すべき
最終ラウンドに来ていると 思うが
ドウダロカ

| | コメント (0)

目は口ほどに物を言い

優しい眼差しと書いたら
ユウシイメザシと読まれた事がある
良い場合はマナザシ 悪い場合はメツキ
(目付き)である
何時もはキツイ目付きのヒラリー女史が
一瞬だけウルウルと 優しい涙目になったら
票が増えた
女の涙は 古今東西を通じ
最高の武器であることが立証されたかである

当然ながら写真とテレビ以外
実物を見たことがないので
即断如何かとは思うが
ミセスクリントン ヒラリー女史は
かなりに目付きが悪い
口は笑っていても 目は笑っていない
オナカの中身が目に表れている
ダンナの大統領府でのHがバレタ時も
口元のお上手は出来ても 目は本心がアラワで
キッーだった

目付きが悪いと言えば ランクが違うが
日本の政治家諸氏の目付きも
格段に悪くなった
私見ドクダンであるが コイズミチルドレン
ユカリ&サツキ代議士 目付きの悪い代表だ

コイケ代議士はライス国務長官に
「貴女はライス 私はスシ」なんぞと
駄洒落以下の愚洒落を
日本国代表の大臣が発言されたのかと
ビックリコイタが
何時も間断なく目を泳がせていて
油断ならない
マダム回転寿司と言うべきヒトか

枡添大臣も目付きが悪い
亭主のゴミ捨て ハナハダシクご愛嬌ではある
だが SPが付いたら公人である
ゴミ袋を片手にテレビインタビューは
ないだろう
テレビの向うのノウテンキ族を意識しての
庶民派アピールがミエミエで見苦しい

石破大臣も目付きが悪い
ネチネチ風吹けば桶屋儲かる三段論法に
ワタシャ虫唾が走る


明快な論理で語れる政治家が
近頃皆無になりました

政治家のレベルは
国民の民度と同じだそうだから
ショーガないかも知れないが
当節 どこを見廻しても
目付きが悪いのがキワメテ多い
政治家だけではなくて

「クリクリした目の可愛い子供」
「目千両の役者」
「優しい目のおかぁさん」
「柔和な目の爺婆」
ホント少なくなりました

『ワタシモ チョット キヲツケょ』

| | コメント (0)

賀状に去年今年

暮も押し迫って 由紀さおりさんから
お便りを頂いた
正月早々 TBSの番組ロケで
ブルガリァへいらっしゃるとのことだ

しばらく以前に 私が差し上げた
‘藍ノレン’を お土産に使っても
良いかしら と あった
相変わらず 折り目正しい物言いに感心!
どうぞどうぞと言いつつ
私のオセッカイ虫が動いた

その‘藍ノレン’は
3年前に問屋で見付けて私が
買い占めたのだが その時以来品切れになり
方々探したが この夏も手に入らなかった
イワクがある 
由紀さんには 店に一枚だけ残してあった
藍ノレン’と 心ばかりの手拭数種を
お送りした

手拭(ジャパンタオル)は
外国へホームステイや出張される方々に
お土産用に差し上げるといつも好評である
そしてついでに皆さんに 手拭の使い道も
お教えをしている

「鉢巻」「向う鉢巻」「ネジリ鉢巻」
「頬かぶり」「姐さんかぶり」
「喧嘩かぶり」「ドロボウカブリ」
一本の手拭が 様々に変化する
仕様 仕草 は かなりに 大向こう=
外人受けがするようだ

由紀さんは 番組のテーマで
「長寿の秘密」を探って来ると言う話である

そしてソノヒミツ?を
私にも教えて下さるソウダガ
由々しき問題がある

「長寿」は良いがソノ中身が肝要デワナイカ
ボケテ100才 イヤだ! 歩けない100才
イヤだ! となれば
既にボケハジメ 目下手術後遺症で歩ケナイ
ワタシはソモソモ長寿のヒミツを聞くべくは
不適格と言うべきダロウ

暮は 珍客来訪 御無沙汰の音信復活が
しきりである
ホームページ担当タケウチクンの父上が見えた
御用件の前段に私のブログを
見知って下さって
「コイズミダメ アベダメの論陣は
お見事大いに共感」などと
過分なオホメオセジを頂いて
馬鹿(ワタシ)は生気をとりもどす次第だった

福島のHさんから 蟹が御恵贈である
ハテヨ如何にと考えた

何年か前 K君と飲みに出掛けた
カゥンターに腰をおろすと おやじが言った
「ラッシャイ」
「ヒラサワさん蟹が美味しいょ 産地直送!」
『ロシァから来たの?』
「チガウッテ!越前ダョ」
『北町奉行払い下げの蟹』
「チガウッテ!産直宅急便」
『市中引き回しお疲れ蟹』
「チガウッテ! サッキ迄歩いてタ」
『デ 今シガタ 老衰でナクナッタ蟹』
「チガウッテ!黙って食べなさい」

しばらくして おやじが言った

「歯医者サンのセンセに
ゼンブ 身をほじらせてサ」
「食べるのはゼンブ ヒラサワさんヒトリじゃ
バランス ワリイょ」
『オオキニ オセワダ
ホジルのは歯医者の仕事』
『呉服屋は手を汚してちゃ商売デキナイの』
「タック もう ワガママだねぇ」



かくて 年が明け 新春正月松の内
蟹をイカニ食べるかが 
本年初頭 ワガ喫緊の課題なのである

| | コメント (0)

師走 近時片々

○日 ズボンドズボンのボーカル
純ちゃんが来てくれた

「コンニチワ~おじちゃま お元気ぃ」
純ちゃんの手に
オーマィゴディバ!の紙袋がある
やったぜと思うまもなく
ゴディバは 彼女が仏壇の前に
持っていってしまった

暫時 ワタシは手が出せない

ライブ活動も多忙 新しいCD発売
コンセプトは 受験生応援歌
ジュン作詞 多忙だそうだ

「ヤダァCD忘れタ」
ショウバイっ気ナク
若干ソソカシイところが可愛い のだ

「ワァ!チーズフォンデ お洒落」
よく食べ よく語り よく笑い
「仕事は今充実です」と言う
恋は今充実デスカと聞いたら
赤くなっていた

○日 Kくん定期?ゴ出勤?である
母の好きだった紫色の花を
仏壇に供えてくれた
風呂上りのワタシに
「ボクちゃん ケーキ食べ過ぎですょ
メタポ気を付けましょうネ」ダト

言ってやった
『大黒様を見ろ!布袋様を見ろ!
古来ワガ国では 三段腹が福の神ダ』
ソーシタラ
「七福神の名前言えるかな」トキタ
口惜しいが六福神ダケしか
その時ワタシは思い起せない 

他手段で反撃だ
『ボク ニンチショウだから色々忘れました』
『ケーキ マダ タベテナ~イ』

○日 Tがやって来た 何はともあれ
ウナ重の若者である 
ぶらさげて来たケーキらしきもの
コレマタ仏壇に直行した
Tは少々体調不振なので 
漢方に受診したいと意見を求められた
ワタシは素人講釈 『気』が大事と説いた

元気―病気 陽気―陰気 正気―狂気
若気 血気 勇気 精気 呑気 浮気
心気 等など
『オマエとオレ 気が合うダロ』うなずくT
『職場でも仲間でも
気を合せるように心がけロ』
『ソレガ合気道』「マタァ 駄洒落」

帰りがけに Tは持参のケーキ箱を
イジッテイル ナンだと聞いたら
「本日中にお召上り下さい」
のシールをハガスダト
『バカタレ ワタシャ食い意地 正常ジャ』

○日 Yさんが来た
「オジチャマ こんばんは」の声が
いささかお疲れのようだ 
それでもニコニコと台所に立つ
「オジチャマの手造りロールキャベツを
メインディッシュにね」
いつもながらの気配りである

だからではあるまいが
新天地 新たな転職先での苦労が
いささかならずあるらしい

『何もない
何ごともおきない仕合わせもある』

『一瞬にかけて ひたむきな人生の
幸せもある』     

そんなことを
とりとめなく話合っているうちに夜が更けた

「おじちゃまに いつも行く道の少し先に
明かりを点けていただいています」
「本年は お世話様でした」と
コートを着るYさん
思いなしか元気がもどったようだ

「良いお年をどうぞ」
『そちらさまも 良いお年を』

深夜 Yさん手土産の小豆グラッセを
濃いお茶でいただくことにした

小豆グラッセを仏壇から下げながら
亡母と亡妹に小さく語りつげた
-私が無信心のわりには-
我が家へ来るみなさん
一番先に仏前に ご挨拶をして
下さっています

もし願えることなら
みなさんの 来る年を
大切に見守って下さい  と

| | コメント (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »