分を知り己を知っての“仕事”
テレビでは日夜 馬鹿騒ぎだけが出来る
馬鹿タレ バカタレントが
持て囃されているし
芸無しの 芸NO人が ハバを利かせている
ご時世でもある
昭和の時代の終わりごろまでは
斜陽になりつつあった映画に
舞台に 綺羅星の如き 名優と
一癖もふた癖もある 個性派役者が
いたものだ
「グぅファっ!ふぁふぁはっはっ!
ンはぁーファ」
文字では絶対に活写出来ない
独特の笑い声で
憎憎しい悪役を演じて天下一品だった
上田吉二郎さんという役者さんがいらした
肩肘張って写楽顔
ふてぶてしい敵役からは 想像も出来ない
絵筆を取ることがお好きな日常平素は
温和な方だった
映画出演に便利という事で
日活撮影所近くの東京調布にお住まいで
そのご自宅に私は 月に一、二度
呉服の商いに お出入りをさせて頂いていた
ある時
[ 東宝歌舞伎 主演 長谷川一夫 ]
の助演に上田吉二郎さんが出演された
長谷川一夫は 今ならさしずめ
マツケンプラス杉良プラス玉三郎のような
人気と実力があった
上田さんの奥さんから
「ひらさわさん 長谷川センセの楽屋へ
行かはる?お気持ちあるんやったら
おとうさんに 言うときますょぉ」
と言われて『お願いしまぁーす』と私は
マイアガッタ
当日 東京宝塚劇場へ
長谷川一夫さんの大好物が
小豆餡子と聞き知っていたので
神田名物だった『壺最中』を
楽屋見舞いに持参した
上田さんにご案内頂いて楽屋へ伺うと
先客に ご婦人たち数人がいらしたが
その誰方もが 呉服屋の私からすると
大変高価な着物を さりげなく素敵に着て
詰め合って座っておられた
居並ぶ女性を見て私は
『流石 千両役者 ファンも一流だゎ』
と 心中ひそかに感嘆したものだ
早々に引き揚げようとした私に
支配人だか番頭さんだかが 声をかけた
「先生から お話がありますから
しばらくお待ち下さい」
居並ぶ女性達から一斉に
鋭い視線が向けられて私は
隅の方に 小さく畏まって 俯いて
座りなおした
当時の嗜みある女性達のことだ
ほどよい挨拶とほどよい時を過ぎ
入れ替わりに立ち去るのだが
見ていると どうやら
お茶席の席入りのように 上座に就く人
下座に座る人に 暗黙の順序があるようで
これまた『流石!』と思いながら面白く
興味深かった
やがて長谷川一夫さんが
諸肌脱ぎ化粧にかかると
客達が立ち去り 番頭さん部屋子さんだけの
楽屋になった
「呉服屋さん」
鏡に向って 長谷川一夫さんから
声がかかった
― 『ヘヘーェ』「オモテヲ アゲョ」 ―
まぁ ニタヨウナ?雰囲気の挨拶のあと
長谷川一夫さんから思いも掛けぬ話があった
前々から上田さんを通じて召し上がっていた
『最中』
「大層美味しいので
阪急デパートの名店街に入れるように
声かけてあげますょ」と仰るのだ
天下のハセガワカズオ
トウホウ ハンキュウ コバヤシイチゾウ
勝手放題に私の連想が膨らみ
凄いぞコレはと ワタシは
芝居も観ずに劇場を飛び出して
神田の『最中』屋に向った
角店だが小さな店で
年寄りの親父さんと番頭さん二人で毎日
ふた抱えもある大釜の中を
シャベルの如き大シャモジでかきまわし
小豆を煮てあんこ作りの 壺最中は大きさも
パソコンのマウス位ある
大変美味で 我が家も馴染みの
贔屓にしていた
息せき切って駆け込んで
『ハセガワカズオさんが メイテンガイが』
と得意満面説明の私に
オヤジ深々とお辞儀をしてから
オモムロに言った
「若旦那 ありがとさんです」
「まったく もう お世話さんで
ご恩にきます」
「でもね アタシンとこじゃぁ」
「名店街に並べるようなマズイモンは
出来ゃしません」
『?! ?! ?! ????』
私が絶句したのは 言うまでもない
一息入れ冷えたお茶を飲んで
私は思い返した
その日その日の売り切りだから美味しいのだ
分を知り 己を知っての 仕事がここにある
そうだ 企業は 最大よりも最良を目指せ
と どこかで聞いたぞ と 納得をした
ダケドまぁ 後日ハセガワセンセに
ドオ言おう と
ホントその時アタマが痛かった
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