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2007年5月

由紀さおり様 ― Songs With Your Life Concert ― 2007-5-8 東京国際フォーラム

先夜は 2001回目のコンサートを
楽しく過させていただきました

お姉さまとともに 由紀さんの記念すべき
再出発のコンサートです

ひょっとしたら お二人とも 固く
肩肘張っていらっしゃるかな と

想像しておりましたら
なんとも 軽やかな 舞台進行に驚きました

流石と言うべきか
「行けるところ迄 参ります」
と言うコメントとともに 

芸は人なり と つくづく
お二人の平常心に 感嘆をいたしました

お二人の歌声を聴いて
車椅子の私に付き添った若者が言いました

「なんだか わからないけど
涙が止まらずに出て来ました」  と

しみじみ語る若者は 日本を離れて異国
カナダ オーストラリアで六年間
【自分探し】の旅を 続けておりました

彼の心の琴線にふれ 彼の心の故里
この国日本を思い起こさせた
お二人の歌声は 私が 彼に
語り繋いでいた この国の素晴しさと
軌を一にしております

いま 様々な世相の混乱のなか
彼のような 純な若者たちが
純粋なほど自分達の アイデンティティを
見失い 彷徨っております
若者たちだけでなく 私たちの世代ですらが
利を追い 利便を追って
故里の心を 優しさを
忘れかけている昨今です

お二人の歌声の 故里へのメッセージ
故里からのメッセージこそが
今まさに 私たちの大切な
心の拠りどころに
なるのだと信じております

ナニヤラ メンドクサイ 話を
いたしました ゴメンナサイ

当夜の コンサートに ご一緒したのは 
『きものひらさわ』の お得意様で
美容院8軒の 皆様でした

皆さん おきもので 勢ぞろい
童心に返り 盛んに大きな拍手を送って
大喜びをされておられました

そして後日 それぞれの お店さんで
お客さまをお相手に 由紀さおり 安田祥子
2001回コンサートの話題で 
盛り上がった とのことです 

快にして快  愉快なことと存じております

若者は 目下厳しい料理修業に
夜遅くまで取り組んで 帰宅します

そして

小さく 小さく コンサートで覚えた唄を
口ずさんで おります
「それは 夢だけど~」
夢だけど と 囁くように 唄っております
彼の夢叶う日に 由紀さん
あなたの「2001回 コンサート」
のことが
きっと 思い出されて話題になる 

そう 私は 信じております

07年 5月

 きもの ひらさわ   平澤 建二

追伸 お手紙を書き終えた夜半
丁度 ニュース23に ご出演
童謡を熱く語られるお二人を
拝見いたしました

こんな折のご衣裳が
先日 きものひらさわで お買上げ頂いた
素敵な絞りのおきもの 色変わりお揃いの
あのおきものだったら なと 
― これは 私の夢だけど ― であります

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天下は天下の天下にあらず すなわち一人の天下なり~安倍晋三首相への手紙~

子守歌を聞かせろ 母乳を飲ませろ
TV見ないで芝居へ行け
早寝早起き朝ごはん だってサ 

オオキなオセワじゃないか
落語じゃないの!
小言幸ベェ 聞きたかナィヨ!
安倍内閣の教育再生会議の
提言なんだってさ! 馬鹿馬鹿しぃね!
井戸端会議のレベルだネ!
やだネ 笑いも出来ぬょ
安倍晋三首相サン!! 

この次 第二次提言はダ
ヒコーキのタラップから降りる時
夫婦イッショに手をツナギましょ!
ナーンチャッてね 安倍晋三首相サン!!

「美しい国」ッテノは かくも個人の生活や
それぞれの家庭の在りようや
家族の暮らしにまで
カクあるべしと立ち入った
指導指針を与えることなのかね
安倍晋三首相サン!!

勘違いもハナハダシイよ 安倍晋三首相サン
あなたは国民から
総理大臣に指名されてはいない
あなたを総理大臣に指名したのは
コイズミ、チルドレン約80名プラス
寝返り代議士11名など
郵政民営化を 唯一争点にした総選挙での
出来損ない代議士たちの支持に依ってである

教育基本法も 国民投票法案も
この総選挙では カゲウスクて
問われてはいなかった
ましていわんや「靖国神社参拝」
行った行かぬを明言しないなど
その場しのぎの二枚舌外交で
中国、韓国を籠絡しろとは
心ある国民は 安倍晋三を
信任などはしていない

従軍慰安婦問題で 姑息極まる発言をする
安倍晋三首相サン
私は 大変不快でキライデス

日本国民にセコイ強がりを!
アメリカではヘリクダリのお詫び謝罪を!
イッタイアンタナンナノョ

安倍晋三首相サン 中国は一党独裁の国
北朝鮮は金正日独裁の国なのを
忘れてはいませんか
独裁政治は何時か倒れます
その後に生き続ける民衆民族に
真摯に真実語りかける姿勢こそが
やがて将来美しい国日本として
尊敬されるのだと 私は信じますが
如何ですか

戦後レジームからの脱却とは
安倍晋三首相サン 大きな間違い
不遜不勉強もハナハダシイ!
敗戦以前の 日本は 皇国と称し
天皇制軍国主義の国家体制だった

安倍晋三首相サン
アナタの祖父岸信介も開戦に署名した
太平洋戦争で兵士310万人の戦死者と
さらに無数の一般人が 原爆 沖縄
東京大空襲などで
無念無残な死者累々の挙句
結果として 我が国日本の敗戦になったのだ

そしてその敗戦後 我が国日本は
主権在民の民主主義国家に
生まれ変わったのだ
その辛い現代史の 経緯認識に無知なまま
戦後レジーム脱却などと
小ざかしく軽々しく言うべきではない

ついでに言っておく
あなたの思い入れ多い祖父岸信介は 
日商岩井事件 インドネシァ賠償事件など
数々の汚職事件 黒い霧に包まれて
昭和の妖怪と言われても
潔白を晴らす事が出来無かった人だ

私人としてはいざ知らず
公人政治家安倍晋三首相としては
戦争犯罪人岸信介を
精緻に精査認証した上で
戦前国家体制への回帰なのか
戦後民主主義制度を守るのかを択一すべきだ

「戦後レジーム」などと
軽々しく美辞麗句を
思い付きのように語るべきではない

政治家は 未来への哲学を深思して
正鵠を告げるべきだ

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病中 寛あり

『病中 寛あり』 勿論 「忙中閑あり」の
オヤジギャグである

Aが久しぶりにやって来た
恋多い娘である シーズン毎に?
彼氏が変わる!
『メソメソするな 毎度ゞゞの
お前の失恋話は聞き飽きた!』と言ったら
―「あたしの身の上相談は
オーナーの脳トレだょ」―ダト

病院で注射後 立ち上がってヨロメイタ
慌てた付き添いのK君
腰紐をギューット引いた
『イタタッ バカタレ!
猿回しじゃあるまいし 紐でひっぱるな』
と言ったら
―「オ猿サンなら
もっとスナオなんだけど」―ダト

通院の帰途 オタクの街アキハバラで
運転のHが言った
「オーナー メィド喫茶って
行った事ありますか?」
『お前 キョウミあるなら
今度二人で行こうか!?』と盛り上がった
後ろからK君のヒヤヤカな声が聞こえた
―「車椅子で 冥土喫茶はイケマセンょ」
―ダト

ワタシは昔から 電気がキライだ
大嫌いダ 理由はワカラヌが
デンキがキライなのである
ヒゲソリに 着物が濡れずに済むからと
電気カミソリをあてられた
『感電するからイヤ』だと抵抗した
電気カミソリ感電のオソレを
アレコレ沢山並べて抵抗した 
黙って聞いていたK君 冷たく言った
―「ナルホド
老電のオソレは考えられる」―ダト

久しぶりAさんが 見舞いにお出で下さった
ケーキのお土産シメシメ6個ホド独占だと
ニンマリ包装紙をはがしたら
薬の袋が貼り付けてあって
マジックペンで黒々と書いてあった
― 一日一回食間にのみ服用 ―ダト

女性は誰でも 花が好きだ
五月は薔薇の季節だ 
某所ご返礼の品に 我が家に咲く薔薇の
「花」を添えて行くように Hに頼んだ
Sさんが御注進である
「H君 バラの花部分ダケ?を
切ってますョ」
『ナニ!ィ タックもう』と言ったら
Hはシャラーット
「ヒト様の話を正確に受け止めろと
昨日教えられたばかりなので 」―ダト

私は 手術退院後8ヶ月経過
未だに手足の硬直痙攣が起きる
指の疼痛が著しく強い時もある
遅々としたリハビリの回復
私が様々に苛立つ思いを
周囲がときほぐすように 明るく支えての
ジョークなのだと思う

マッサージの先生とも
毎度毎度キャッチボールの異論反論同感が
癒しではある
伝えるべき感謝の思いの表現が
ワタシは下手ではある

そう
“ワカイモノをシカレヌカもしれぬ!”
ノダ

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飽食ニッポンの心の貧しさ

本日 久しぶりの お出かけである
着物を着せ 帯を結んでくれたK君
「ハーイ メタポちゃん98cm
気をツケマショウネー!」ダト
『ソンナニある筈ナイ
私のウエストは せいぜい84~5cmだと』
抗議したが K君の奥さん
T子さん 名古屋から来たY平
二人とも ニヤニヤ笑っているだけで
判定には 加わらない

ワタシャ メタポの自覚はある が
イイワケを聞いていただけるならであるが
目下ベットでの滞在時間が
一日16~8時間 日中も半分は
寝太郎である
運動不足の止むを得ざる状況とともに
カンキョウがイケナイ

我家は昔から 到来物頂き物が多い
日頃 仏壇の前に重ねてあるのが
オオムネ甘い物!である
今日只今も 包装紙内をソーゾーだが
下から クッキー 京八橋 どらやき
鶴屋吉信―etc
何れも 賞味期限内に ワタシガ
イタダカネバ失礼に当たる?
品揃いなのである

従ってセッセと食べる 食後に大福
デザートにヨウカン 夜食にケーキ
おやつに煎餅 !!
キモチ ワルー というのはK君くらいで
居候が襲来すれば ハゲタカのごとく
食べ物は痕跡なく跡形もなく消滅する
オイシィッスネ! と 質より量の連中でも
美味甘受である

その昔 私は―白馬かやぶき―で
白馬錦の熱燗 モナカを酒の肴に
5合ほど飲んだものだ
六本木のバーで お勘定を済ませると
その後ナゼカ 塩甘いゆであずきが出てくる
店があった
いずれも懐かしく 恋しい味である
大体 甘党 辛党との区別が差別なのである

TVのチャンネルを回すと
必ずどこかでグルメ番組をやっている
「ジューシイ」「口のなかでジワーット」
「ヤワラカイ」
キマリ文句連発のタレント達は 
口に入れ ノドも通らない中に
「あっオイシイ」と 首をカシゲル嘘を言う
  
思えば遠くに来たもンだ
美味しい不味いと 能書きをカク言う私も
幼心に敗戦後の貧しい日本の食料事情を
身に沁みて知っている
ノド元過ぎれば暑さ忘れる なのだ
食料自給率が40%を切った
この国の食べ物半分以上が輸入品だというが
待ってくれ!
それどころじゃないはずだ

この国の農産物の大半は
ビニールハウス内での言わば石油製品だし
畑 田んぼの耕作も
人手というより トラクター コンバイン等
ガソリン(石油エネルギー)に頼っている
輸入耕作だ

世界でも屈指の漁業の宝庫だった東シナ海が
今や中国河川の 汚濁汚染の排出で
かっての 水俣病の 不知火湾のような
惨状の死の海になりつつある
というではないか
なのにだ 尊大な中華思想を噴上げた
温家宝首相 自国向け演説に
TV番組のエキストラミタイに
拍手拍手の連続だった国会アホ代議士達に
喝を いれないでヨロシイノデショウカね
皆々様

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