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2007年1月

ここは牛込神楽坂~拝啓 父上様~

承前 倉本総脚本 二宮和也主演
「拝啓 父上様」

何気なくチャンネルを合わせた
フジテレビ連続ドラマの舞台が
神楽坂であった

ひとむかし前
本屋で立ち読みがてら
聞くともなし耳に入ったのが
創刊タウン誌の 売り込みだった
「3冊買いましょう」と
脇から私が声をかけると
本屋のおやじさんも 売り込み中の女性も
吃驚したように振り向いて
どうもどうも とでも云うように
声なくふたりとも頭を下げた

後日「おかげさまで」と
その女性から電話があった
ひとりで 原稿 編集
広告を切り回していると語り
その後も なんどか電話があって
あれこれの苦労話を聞く事もあった 

小気味良い切り口の そのタウン誌は
数号で 彼女のあっけない急逝によって
終刊になった
ユニイークな企画『神楽坂に劇場を』と
読者からの提案を募った号に
私が応じたら 彼女は
電話で
「これです すごいわ 良かったわ
どきどきだわ」と 私の小文を褒め
これで誌面を創りたいと
弾んだ声での約束だったが
その すこし後で 彼女は亡くなった

タウン誌名は『ここは 牛込神楽坂』
という 
2年ほど前から
再発刊されているらしいが
私は まだ読んではいない

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「ここは 牛込神楽坂」          

神楽坂の魅力は「坂」にあると言えば
当たり前のようだが
その起伏の巧まざる優れた屈曲は
都内でも有数の魅力ある坂道だと思う

鴎外の愛した坂 漱石の頃賑わった坂が
衰退したのに比べて
神楽坂が今も繁栄しているのは
人の歩みを ほど良い速度に抑える勾配と
人の歩みをいたわる ほど良い緩急の
段差とが神楽坂にはあり
さらに これもほどほどな道幅が
歩きながら両端が見渡せて
立ち並ぶ間口の狭い商店の
ウインドウショッピングにも貢献しているし
それが商いの繁盛に
つながっているのだと思う

都内のどこもここも商店が
スーパーやコンビニに集約されて
味気なくなっているが

神楽坂のそれらが 最小限であることも
好ましいことだ
さらに言えば クネクネとした脇道や
路地の坂にも 好奇心や遊び心をくすぐ
る捨てがたい魅力がある

かつて ずっと以前 私の想い出の人が
神楽坂に住んでいた
飯田橋の駅から息せき切って
駆け上がった坂道
想いを残して俯いて 背を押されるように
帰る下りの坂道
グルグルとめぐる悩みをそのままに
歩き続けた横丁や路地の起伏も
私の神楽坂だった

歳月がめぐり平成の秋
私は交通事故の被害にあって
頚椎の手術をすることになった

警察病院におられる加藤文雄先生という
日本の整形医学草創の頃をも知る名医に
手術をしていただいて危地を脱した
半年間入院の後半期リハビリ歩行に
神楽坂を挑戦した
朝夕友人に手を貸してもらい杖をついて
2カ月と少し やっと到達した毘沙門様は
私にとっては K2の登頂にも
比すべきもので
坂を照らした見事な夕陽は今も忘れられない

退院後5年 週2、3日治療とリハビリに
通院のため 矢来町に部屋を借りて
目下の私は神楽坂の居候気分である
遅すぎたタウン誌の誕生と
『神楽坂に劇場を』と云う呼びかけに
拍手を贈りたい

劇場というところは凝縮された人生を
魅せるところであり
人として生きることを
確かめさせてくれるところだと思う

『坂にある劇場』『坂に続く劇場』を
ぜひ実現させてほしい
その際「神楽坂劇場」という
ケチなネーミングはやめてほしい
成金趣味や小役人的発想のハコモノで
神楽坂の町の温もりを消さないでほしい
野暮な懐古趣味や
セコイ何とかコミュニティも
ごめん蒙りたい

ところでその劇場の場所である
これはもし神様のお許しが
得られるならばの話であるが
赤城神社の地下が 最適で素敵で
オシャレと思う
すっぽりと漆黒の地下劇場は
岩戸の中でさんざめく神々の舞う
『神楽の劇場』である
と考えたらどうだろう

劇場の自然採光はロビーだけでよい
星空の煌めきを見上げて
劇や音楽のときめきを語り合い
神社の崖の切通しから眺める夕茜と
東京の夜景も 芝居の余韻を
かきたてて素晴らしいだろう

時代から半歩だけ先へいく前衛
現代に甦る古典 冒険に堕しない実験

さまざまな興奮のそれらを
『今と昔』『粋とモダン』神楽坂という
類い稀なるヤジロベエが
こなしてくれるであろうことを
今 私はワクワクと夢みている

1995年3月17日(金)

平澤 建二

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旅は情け、人は心~かやぶき茶屋~

きものは 季節感を大切にする
桜の柄を秋には着ない
不文律のような約束事がある
さはさりとて 高価なきもの
おなじものをいつでも着たいのが
人情でもある

加賀友禅に 虫喰いという技法がある
青い葉先をやや枯れ葉の趣にして
虫が喰う絵柄にする
これで 春 秋 冬
何れの季節でも良しとする
質実な加賀百万石の智恵である

昭和40年代 この加賀友禅が流行り始め
ブームになった
作家物は 1枚2~300萬円になった

おおむねが 花模様 茶屋辻模様の
加賀友禅のなかにあって
異彩を放っていたのが
“由水十久”という『人形柄』を
得意とした作家だった
なかでも 由水描く人形の『童子』は
昔風の児達で 手の平や足が
むちむちふっくらとして あどけなく可憐
群れ遊ぶ童達の図柄は 一幅闊達の絵だった

ぜひ 由水の訪問着が欲しいという
お得意様の注文があった
50年代末頃のことである
納得のいく きものを お納めしたいと
金沢へ 直接の買い付けに出掛けた
由水さんに 制作秘話を聞き
安くして頂いて『童児の柄』と『女人の柄』
2枚を求めた

金沢まで来たのだから と
丁度 福井の九頭竜ダムに
医局から派遣勤務中のK君の陣中見舞いに
足を伸ばそうかなと 電話を入れると
2日後に帰京とのことなので
金沢で落ち合う事にした
携帯のなかったその頃のことだ
やや行き違いがあり ホテルのフロントを
中継に 金沢尾山神社前の
骨董屋兼喫茶店で待ち合わせた

遅れて喫茶店に入るとK君が待っていた
「やぁしばらく!元気?」と声をかけながら
彼の後方を見て 私はやや唖然
やがてふくれっ面になった
店の土間 赤々燃えるストーブの前に
お地蔵さんが一体 横倒しにころがしてある

『タックゥ バカタレドモ
お地蔵様を石コロ扱いにシテ』
と腹を立てて私は店員に
『ご主人おいでですか?呼んで下さい!』
と言った 一発カマソウと考えたのである

店の主人がオーダーを持ってやって来た
見ればアイスクリーム二つである
戦闘開始のデハナを挫かれた
K君の戦略である
ワタシの怒りの中和剤?のつもりであろう
コーヒーなら 一口ノミノミ啖呵が切れる
喧嘩が出来るが アイスクリームだと
食べなきゃ溶ける 口に入れてりゃ
ムニャムニャと
オダヤカな話にならざるを得ない?!

{喧嘩は 分らず屋が一番強い}

私は不信心者だがと前置きで
マスターに言った
『そこにあるのは 村の辻々に立つ
お地蔵さん
人々が手を合せた大切な心の証しを
なんでストーブの前に転がしておくのか』
と詰問すると アッケラカンと
マスターは言った
「他にもモウ一つありますょ」とか
「買ってくださいょ」
「お安くします 越前から来た地蔵さん 」
だと

かっての信仰の対象を粗末にするな
売り物にするなという私の意見は
ココのマスターには のれんに腕押し
ヌカに釘であった

結局
『仏さんを売り買いは 安い高いでなく
イヤです』 
『ただここに持合せた 私の財布の中身
1円残らず 貴方にお渡しする事で
何かのご縁の お地蔵さんを
東京へお連れしたい』と
私はハンカチの上に 全財産?を
広げ『喜捨』だと言った

結局 二体のお地蔵さんは
宿泊先のホテルへ届けられた
宅急便のないその頃のこと
{2体のお地蔵さん}
金沢から東京迄の
お運びが大変だった 

お地蔵さんを荷物のように
問屋の車や運送屋任せはイヤだと
私はゴウジョウ張った
イイカッコシイの割りには 前後見境ない
計画性皆無なのも 私だ
お運びも大変なら どこへ安置か大変
白馬村へ! 魂入れが大変
伊豆から坊さんを!
お祀りも大変 古老の智慧をと! 
難題続きの顛末については
改めて語らねばなるまい

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付和雷同なニッポン人へ~晋ちゃんまんじゅうと納豆ダイエット~

“ 晋ちゃん まんじゅう”
安倍総理にちなんだ土産を頂いた

居候だったH君が はるばる山口県から
持参のものだが 
包装を開ける時に気が付いて
二人で顔を見合わせ 吹き出した
包装裏面の販売者住所が
私の自宅近く東京都荒川区○○○
なのである
{ 山口宇部空港~東京羽田空港(\13,000)
モノレール 電車 }
ゼニ&ジカンかけてナンナノヨである

安倍ヤベエが流行り語だ
「晋ちゃん」は 自らの幼時の懐旧談で
60年安保の頃 時の総理
岸信介の膝で遊んだ記憶を語っている
さらに「晋ちゃん」は 東京都下の
某坊ちゃん大学の出身であり
“ 晋ちゃん まんじゅう”ではないが
山口県産とは 言い難いのではないか
もっとも私見に依れば 晋ちゃんは
気質的には 絶対にトウキョウ産ではない!

要 検証デアル

さらに この日の朝刊
大笑いの新聞記事があった
それも一面トップでである
テレビ 健康情報番組(?)で
「納豆を食べるとダイエット出来る」
ってので ヤセたのは嘘っぱち ヤラセ!
デタラメ! 捏造! だったとの
噴飯物の記事である

当たり前ながら これだけでも笑えるが
この番組を そのまんま信じて
考えなしに毎日々々ナットウを
2パックずつ食べていた視聴者が
怒っているとコメントが載っていた
バカ丸出しとはこの事だ 

怒るのならナットウをウヤウヤシク食べた
アホラシイ テメエ自身の筈だ
コメントした納豆信者?もアホなら
それをレイレイシク
さもさも大事であるかのように記事にした
新聞記者も編集者も 底抜けに低脳で
メディアの風上にも置けない

言ってはナンダガ
沢山食べたらヤセル食品は
ほぼ例外なく身体に悪いのがジョーシキダロ
テレビの垂れ流し情報を 丸ごと信じて
検証なく ダマサレタ人は
ツケル薬のナイ人々で
被害者面はオコガマシイ!!
付和雷同 踊る阿呆というべき類で
ヤラセに乗り 片棒担ぎ
ブームの火を煽り 無自覚ハタ迷惑な
時として 加害者一味に転じる連中でもある

考えてみて欲しい

ホリエモンに投票した人は
今 どう反省しているのか
タケナカヘイゾウに投票した人は
逃げ出されて 怒りはないのか

総選挙の時には
就任を知らされていなかった
安倍総理大臣が
この国の未来に関わる
教育基本法も変えた 防衛省にも変えた
戦犯・岸信介の憲法も変えるDNAを
広言しているのを 見逃して良いのか
アメリカ占領軍に押し付けられた
『憲法』だから 変えるという

ならば聞きたい

アメリカ占領軍に押し付けられた
『民主主義』も 変えるのか
格差社会 市場原理 さまざまな歪み
失われた5年
コイズミの情報操作に踊った
ナットウ痩せ信者族は
将来この国の在り方に 
泣き言は 言わないで済むのか

反論あれば 聞きたいものだ

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人はひとりでは生きられないノダ ~岡本太郎~

夜来風雨の声 花落ちること知る多少
深夜 夏の夕立のような雨足が上がって
玄関のガラス戸に 椿の花びらが付いていた
風は冷たいが晴れわたって 正月七草である
いざ鎌倉へ 結婚式のお招ばれに出陣?
であるが 車椅子なので気勢は挙がらない
すべてはK君頼りである

この日 1月7日 横浜FCの吉武剛君
モデルの岡田真寿美さんの結婚式が 
湘南鎌倉 海が見える逗子マリーナで
挙式をされる

直前まで出席をためらっていたが
K君に話すと 一緒に行きますよ
と言ってくれた
K君の奥さんが
「一泊旅行のつもりで
海を見に行かれたら」と勧めてくれた

思い切って出掛けるか! と なってからが
大変だった
鎌倉駅 逗子駅とも直接電話が繋がらない
コールセンターシステムに
JRは変えていたのだ
到着ホームもバリァフリーの状況も
掴んでない 電車乗降の利便も知らない
役立たずのコールセンター係
マニュアルバカさんを相手に
ムダな努力苦闘のイカリで 2日間が過ぎた
結局 電車関係は K君の奥さんが調べて
現地介護タクシーは
鎌倉の旧友が手配してくれた

JR池袋駅職員は 親切に先導をして下さった
逗子駅前へ出迎え介護タクシーHさんは
懇切丁寧に現地の事前調査を
して下さっていた
逗子駅の職員さん マリーナのコックさんが
4人懸りで車椅子を持上げ
階段上り下りをして下さった

見遙かす海は やや荒ぶれて波立ち
岸辺の艫船も泳ぐように上下していた
遥々と来つるものかなと ある感慨で
私は本来なら日帰りコースの
この海を見つめた
退院以来5ヶ月
未だ やっと伝わり歩きの十数歩が限度
自宅3階の自室にも戻れていない
段差7~8cmを超えられない その私が
思いがけずに一泊旅行だ
生涯初めての車椅子旅行だ
なんと贅沢な旅行かと
突き上げるように胸溢れた
言うべくもない 支えるものの多くは
人の心の いたわりと思いやりである
海の光が眩ゆいだけでない
目頭がにじんできた

人は ひとりでは生きて行けない
人は 支えられてはじめて人
今は甘えておこう

汀に立つ 白い総ガラス貼りの教会
白いタキシード 爽やかな 新郎吉武剛君
白いウェディングドレス
優雅に裳裾を引いた 花嫁岡田真寿美さん
お似合いの美男美女のカップルである 
牧師さんの声 賛美歌の声
かすかな潮騒の音 ゆったり時が流れて
式次第が納まる

大海原を目前に 披露宴会場
さんざめく賑やかなパーティ
新郎 来賓挨拶の後
紋付羽織袴が なかなかに格好よい
新郎剛君 
絢爛たる打ち掛けの 花嫁真寿美さんに
どよめくような嘆声があがる
きわめつけ 鮮烈な色彩の
『岡本太郎作打ち掛け』を
美しく気品よく 装い見事な花嫁姿!
思い切って きものひらさわの秘蔵品を
お奨めしてお貸しした甲斐があった
各テーブルを回る新郎が
私の背中に小声で囁いた
「ひらさわさん ヒラサワサン ドウお?」
きものは生れて2度目という 吉武君に
肩を楽に アゴ引いてと
我が家でコーチしたものだ
首のコルセットで振り向けないが
手を上げてOKサインを出した

新郎吉武君は この日東京ベルディに
移籍することを発表した
岡田さんが吉武さんに
「移籍」と 私はスピーチしておいた

人は ひとりでは生きていけない
人は 支えられて はじめて人

新生活 新天地 幸運を祈ろう!!

夕陽に海が茜色に染まって
華麗な一日のフィナーレだった

Okada1

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千客万来 珍客到来の日である

風邪気味でウガイ 手術後遺症で首を
前後出来ない
背中を支えられ 後ろに反り
前に屈む『イナバウァー?』体勢で
ガラガラ ガラァーッ 

洗面 両手が揃わず水が残らず落下 で
片手蒸しタオル『猫洗い ?』
チョコチョコ終了

歯磨きは『赤ん坊の指しゃぶり』風
頭髪はボーズ頭『得度済 ?』だから
簡便煤払い 

ジレッタイが この程度でも
「良く出来マシタ」と オホメニ預る!
リハビリ現況である 
所要時間約40~50分かかる自分自身に
溜息が出る
髭剃りなどの難事省略
ヒゲ面のまま ご来客を迎えることになる

サロ165急行アルプス号 PM12:30

バカは程度を知らない
私は列車を持っている!
模型ではない 本物の電車である

自慢出来る話デハナイ
20年前 全くの衝動買いの代物である
周囲は皆 無用の長物と言う
~ そらイエテルと思うが ワタシワ
オクビにも出さない 
イイジャン その時 夢があったのだから
と思っている

白馬ペンションKENの隣に
大層な苦労をして設置して 20年が経過した
近年になり 管理不十分 雨漏り
塗装落ち 座席汚れ
ETC etc ETC etc である
列車オタク達に垂涎の サロ(貴婦人)
165 も 寄る年波 
老残見るに忍びない風情である

と そこへ ボランティァ発起人が出現
御来訪のK氏はホーガクチガイ
江戸ヘラ鮒会の名手と聞く
さらに ご縁のMさんとご子息は
すでに先日 白馬へ下見に出掛けられた
来春には インターネットで呼びかけ
産業遺産サロ165復活の
大プロジェクト?! の 実行計画を
考えて下さるという
願ってもない話である
マテバカイロ!~果報は寝て待てか

岡本太郎&横浜FC PM2:30

きものひらさわ昨夏テレビ放映の際
リポーターで来店された
モデルの岡田真寿美さんが ご結婚である
お相手は横浜FCのサッカー選手
吉武剛さん なかなかの好男子 好青年
お似合いの美男美女カップル ご来訪である

横浜FCは 前期 混戦J2の11位から
一挙に 優勝の頂点に 上り詰めた
『夢を 蹴り入れろ! 』が
合言葉だったと言う
カッコ良いじゃないか! 根性だ
スポンサーがなくなり
サポーター中心にチームを支えたという
カッコ良いじゃ! ないか!

昨春 ひょっこり遊びに見えた岡田さんの
婚約指輪を見て 私がきものひらさわ秘蔵の
『岡本太郎の打ち掛け』をお着せしょうと
思い付いた 
背が高く顔立ち雰囲気のすべてが
マスミさんなら着せ甲斐のある方だと
自信持って推奨 私の太鼓判でもある

{衣装合わせ}{メーク打ち合わせ}のどこでも
『岡本太郎の打ち掛け』は
大評判だったそうだ
吉武クンは「スッゴク綺麗ですョ」と
ぬけぬけと オノロケを言う

1月はじめ海の見える結婚式場
ご招待を戴き 私も出席予定である

岡本太郎「太陽昇る打ち掛け」は
鮮烈な存在感と エネルギッシュな
人生謳歌を漲らせて
お二人の前途を祝うことだろう

釜石市 シャンソン館 PM4:00

旧友4人打ち揃って 見舞いに見える
残念ながら 心臓 血圧 ポリープ
ナドなど それぞれ 身の上ビョーキ話
(重い程)エラソーに喋るのが 可笑しい
病いが重けりゃ偉いなら ワタシは偉人だ?

同じ級友が 岩手県釜石市で
『シャンソン館』という 町おこしの発想で
イベント施設を 先年開館した事を披露した
{ いつか訪れたい } 

ハワイ真珠湾攻撃 PM5:40

出入り取引先S社長 ベットの傍まで
入って来て開口一番
「社長 新聞読んでますか」
「まったく近頃マスコミ 何でしょうネ
12月8日真珠湾攻撃 開戦の日の
記事の小さい事」
「アメリカさんは 右手に天皇さん
左手に共産党を使って占領政策を~」
と独演しばしである

K君が来てくれた
我家迄所要約2時間かかる
明日 通院の付き添いである ゴクロウ!

ワタシを椅子に誘導 お手伝いさんに
ムシタオルを作らせ 背後に回り
ワタシのヒゲ剃りをはじめた
誰でも他人の髭剃りは 対面なので
意外に難しいものらしい 

店長
「50年自分のヒゲソリやってますが
社長!お他人さんのは イヤマァー
大変ですネ」

M君
「ダメダ止めた シロクロのヒゲ
カッコイイからノバシタラ ドーデスカ」

K君方式だと ワタシのイナバゥアー体勢を
支え 鏡に向かうので ラクラクだ

ひげを剃らせて うとうと Sさんの話
床屋政談のおもむきであった

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