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2006年8月

競争ですよ

木の葉が少し色づき始めました。ススキが涼しい風に揺れています。
赤とんぼもわが物顔に舞っています。
平澤さんの第二の故郷・白馬に、秋の足音がしっかり聞こえてきました。

本来なら、白馬の自然の変化を敏感に感じ取り、暇フロクに書き綴っていることでしょうね。
しかし、今は無理。早く治して、ご自分の五感で秋を知り、洒脱な文章で多くの人に「白馬の自然」を紹介していただければ、と願っています。

24日にKさんから電話がありました。
「きょう病院へ行ったら、ベッドの脇に座ってリハビリを始めていました。リハビリの先生が、思ったよりいい、と言ってくれました」
「麻痺していた下半身の感覚が出てきたようです」。
受話器の先からKさんの笑顔が見えるようでした。

といっても、術後の経過は一進一退なのでしょう。
徐々に回復モードに向かっているとはいえ、時折激痛が走ったりするそうです。
食欲もその日によって違うとか。まだまだ予断は許せません。

が、ひとつだけ変わらぬものがあります。それは治癒に向けての執着心です。
リハビリも大変でしょうが、きっと何でもないような顔をして取り組んでいることでしょう。
痛みや感覚のなさもあるのでしょうが、きっと何でもないような口調で周囲の人を笑わせていることでしょう。
最も大切な気持ちを失わない限り、良い方向に進むと信じています。

白馬の「KEN」も一進一退ながら、少しずつでも前に進んでいます。
どちらが早く落ち着くか。競争ですよ。

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駄々っ子健在

病床に伏せていても
かのオーナー語録は健在

<ある日の夕食時>
その日の夕食はトンカツ
乾いたキャベツの千切りの上にトンカツが
無造作に置かれているのを見たときの言葉

「干草の上にブタが寝てらぁ」

<息子Kさんが来訪した時>
看護士
「就寝前 本日最後の点滴になります」
オーナー

「よく眠れるように
スコッチを入れておいて」

<ある日の夕食時2>
冷凍のオムレツ 真っ黄色
「いくら私が毎回残すからって
サンプルでなく
食べられるもの持ってきて!」


Dinner_2




ある日の夕食

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敬天愛人

平澤さんのお元気そうなお写真を見てホッとしました。
血色は良さそうだし、何よりも目が生きているし…。
ただし、実際は手術前にはなかった症状も出ている様子で、予想していたより治りが遅いとか。退院は9月になりそうですが、ここまできたらあわてる必要なし、ですよ。

ところで、平澤さんのこよなく愛している信州・白馬のペンションに今、「敬天愛人」と書かれた薩摩焼が飾ってあります。
西郷隆盛のひ孫にあたる隆文さんが創作し、自らが焼いてくれた陶器です。大きさは横70cm、縦13cm。これほどの大きさの陶器に文字をいれたことがないそうで、初の試みだったとのこと。サラリーマン時代の大先輩が、私のためにと、鹿児島県陶業協同組合理事長でもある隆文さんにお願いして完成したもので、14日に持ってきてくれました。世界にたった一つしかない貴重な焼き物です。

そこに記されている「敬天愛人」は隆盛が座右の銘にしていた言葉です。天を敬い、人を愛す。
この陶器を先輩から頂いたときに、平澤さんをふと思い浮かべました。平澤さんが口癖にしている「なるようにしかならないのだから」というのは、天命に従うことであり、さらに踏み込んでいえば、天を敬う気持ちがあるからこそ素直に現実を見つめることができるのでしょう。
もうひとつの「人を愛す」ことに関しては、平澤さんと接した人であるならば、誰もがわかっていることです。一期一会の出会いを大切にし、一度会った人には誠心誠意尽くす。人を愛しているからこそできることです。

大手術はとりあえず成功しました。天は平澤さんに「まだまだ人のお役に立ちなさい」とばかりに味方してくれたのでしょう。その間に心配してくれた多くの人たちは、これまでの恩恵をお返しするがごとく、平澤建二という一人の人を心から愛し、気遣っていたのだと思います。

まさに平澤さんの生き様を、4文字が端的に表してくれました。この時期に届いたのも何かの縁でしょう。隆盛は「敬天愛人」を信念として世を動かそうとしましたが、平澤さんは淡々としながら人の心を動かしています。
それが与えられた天命なのでしょう。しっかり充電して、再び口うるさい(?)ご隠居に戻られることを祈っています。

えなり

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祈り

H先生こと 東野先生が彫り
Y先生こと 山田奈々子先生が
祈りのダンスを込めた

“祈り”

Inori

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ありがとう

頭をツルツルに剃り上げたのは
性根や心を入れ替えたわけではありません
健康回復のVサインは
まだちょっと先のことになりますが
皆さんに支えていただいて
気持ちだけは萎えずに
元気で頑張っております
060818hirasawa





Hospital 

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若者賛歌

 11日夕、「息子さん」と呼ばれているKさんから電話があった。ちょっと、声が弾んでいる。
 「もう、リハビリを始めたんですよ。ベッドの上で指を開いたり、足を動かしたり」

 ツルツル頭の平澤さんが、懸命にリハビリに取り組んでいる姿が目に浮かぶ。良かった。本当に良かった。
 平澤さんを慕ってきたすべての人が、同じ思いにかられたことだろう。

 それにしてもだ。人に心配をかけておいて、手術後しっかりブログのあるじに納まっている。しかも、聞き書きにしろ何にしろ、内容や語り口は手術前とちっとも変わっていない。見舞いに来たUさんには「ばかたれ」の常套句をつけ、主治医の先生には「ビールが飲みたい」と平気で言い、白衣の天使を「美人」と判断できるほど冷静で、かつ次に何を言うか頭の中はフル回転している。

 「もう、知らないよ」と言いたいところだが、そうさせないところに平澤さんの真骨頂がある。口は悪く(?)ても、常に心を大切にする人だから一期一会の縁を切れない。そういえば、Kさんが言っていた。「看護婦さんに『口の悪いのを治してください』と言ったら、『あなたは歯医者なのだから、口の中を治せるでしょう』と言われ返しました」と。

 ただし、本当のところは不安で不安で仕方ないのではないだろうか。ブログの行間からは、相当の痛みが伝わってくる。主治医の先生も「直りが遅い」と言っているらしく、退院するまであと1ヶ月かかる見込みという。こればかりは、他人が変わることはできない。回復するまでは痛みに耐え、リハビリに専念して欲しい。

 ところで、平澤さんが術後の苦しさと戦っている時、テレビでは平澤さんが最も嫌うであろう場面が映し出された。夏の甲子園で、横浜の選手が九回の最後の攻撃が始まる前から泣いていたのだ。3-11と、確かに大差である。しかし、あと1回ある。野球なんて、どこでどう転ぶかわからない。なのに、もう敗戦を覚悟したあきらめの涙。松坂大輔の時に、最終回に大差を追いつき、逆転勝ちしたという実績だってあるのに、すっかり忘れている。女神だって、逃げていくのは当然だ。
 今の若者は諦めが早い、と平澤さんなら叱るだろう。そして、こう付け加えるかな。「おじさんなら、最後まで試合を捨てるようなことはしない。試合だから、負けることもある。でも、自分にだけは負けたくないからね」と。

えなり

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生ビールが飲みたい

麻酔から醒めたオーナーの第一声
手術は無事成功
後は回復を待つのみです

マネージャー

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今は自分のために闘って

あれだけ強気一点張りの亀田興毅が、内なる心の動揺をふと垣間見せた。
2日のWBA世界ライトフライ級王座決定戦。
結果は亀田の判定勝ちだったが、リング上と違って毎回コーナーに戻った彼の顔にはいつもの精悍さがなかった。
とくに前半はうつむき加減で、目にも勢いが感じられなかった。
1回にダウンを喫したのだから、強気の虫も隠れてしまったのかもしれないが、そこには見たこともないごく普通の少年の顔があった。

「人間らしさ」を亀田から感じた時、なぜかホッとした。どんなに強がりを言っても、そこは人間。
憎たらしいほどまでの傲慢さを披瀝する亀田も、不安を抱えた時にはちょっぴり弱気になる。
それでいいんだ、とテレビ観戦しながら独りごちる自分に気づいた。

翌3日、暇フロクのあるじである平澤さんから電話を頂いた。手術のためにすでに病院に入っている。病院の公衆電話からだった。
話をしているうちに、前日の亀田が脳裏に浮かんだ。というより、頭の中では平澤さんと亀田がダブって見えた。

「2日に手術のために入院したんですが、麻痺している部分が呼吸器まで上がっているらしくてね。お医者様から4日に予定の手術を延期する、と言われたんですよ。でも、待っても同じ。私のことですから、予定の日に手術をしてくれと頼んだのです」
声を聞く限り、普段と変わらないトーンだ。どんなことにも動じない泰然自若が売り物の平澤さんらしさが受話器から伝わる。

だが、平澤さんとは深いお付き合いをして頂いている私には、心中を去来している平澤さんの不安が痛いほどわかった。
「手術をしても、完全に良くなることは不可能。お医者様いわく、ひとつは、現状維持。もうひとつは全身麻痺。そして最悪の場合もありうる、という状況らしいのです。私の想定の範囲内でしたがね」
そう話した時、言葉、口調とは裏腹の本音が微妙に見え隠れした。
自分の判断と行動力で人生を過ごしてきたのに、今は自分の力ではどうにもならない立場に置かれている。
これだけの大事をすべて人任せにするなんて、初めての体験だろう。怖いはずだ。平澤さんとて、神や仏ではなく、人間なのだから。

きょう4日。もう手術室に入ったのだろうか。手術前はきっと、自ら経営する呉服店のあれこれ、信州・白馬にあるかやぶき茶屋やペンションKENの光景、100人ではきかない居候君たちとの思い出、浴衣とサッカーの出会いなど、ありとあらゆることが脳裏を駆け巡っていたに違いない。自分のことより、多くの人の幸せを祈りながら。そんな人だ。

しかし、ここまできたら立場は逆だ。ゆっくり自分のことを考えればいい。わがままでもいい。弱さを見せ、甘えてもいい。今度はお世話になった周りの人が、助ける番だ。

不安を隠しきれなかった亀田は、自分とも戦いながらリング上で己のすべてを出し切った。そして、勝った。ガッツポーズをする亀田は、いかにも彼らしくこう言った。「どんなもんじゃい」と。
近いうちにきっと、平澤さんの口から同じ言葉が聞かれると思う。そう信じている。

えなり

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現状報告 -マネージャー-

2日オーナー 入院しました
4日手術です

手術簡単には いかないようです
肺活量が少ないため手術中 後と
自分で呼吸ができるかどうか
不安の要素があると先生の意見です
手術後は集中治療室に入る予定です

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どーしたのかね

34年前 昭和47年3月6日深夜
私の家は 近所からの出火で ほぼ全焼した
母と弟妹は 近くに移り住み
私は 焼け残りの 店のウィンドの中
寝泊りをしていた
遅々とした焼け跡整理に
やっと めはなの付いた五月のころ 
伊豆の子浦から 毎夏 仲間多勢と
遊びに行っていた お寺の住職が
7~80cmもある 大きな「浜木綿」の株を
持って来てくれた

「ヨッコラショ」と 汗を拭きながら
「見サッシャイ 元気な株じゃろ
はまゆうは シンショウ増やしの
縁起の花じゃわ」と 
勝手に自慢気なヒトクサリとともに
勝手に瀬戸物屋に電話して
「一番大きな鉢を 持って来ンシャイ」
と注文 
勝手に庭の真ん中に植えて行った

浜木綿は 葉形大きく不細工だが
花は可憐な白い花びらが揺れる
そして何故か 梅雨明け2~3日ほど
前になって 花開くのだ  

その夏 考え事の多かった私には
火災当夜から行方不明
20日間ほど経て戻って来た 愛猫バロンと
ハマユウの花が 格好な
夜更けの相談相手!だった

南国育ちの浜木綿を 枯らすまいと
冬になると 室内へ入れたり
ビニール被せたりで
過保護に育てたが 花が実になり
実が芽生える 東京育ちの実生 浜木綿は
霜にも雪にも負けず
冬を越し次々と株が増え 親指位の実から
小さな芽が出てきては5~6年すると
花が咲く 花が咲くようになると
他家にヨメ?に行ったものだ 

今年の夏は なが梅雨で いつかな
浜木綿の 花が咲かなかったが
『ゆかた着てサッカー観戦』の前日
ひと株 妖精の踊りのように
白い花が揺れ咲いた
すっかり 東京の夏の風物詩 と なった
「ゆかた着てサッカー観戦」
ゆかたブームの先駆け だと
仕掛け人の私は ひそかな自負をしているが
8月2日に手術入院を控えての身体
周囲は行くな 自重しろと 喧しく
やかましい

だが「行くョ!」と言ったら
そこは駄々っ子扱いに手馴れた連中のことだ
SP?6人付き添いでの オデカケとなった
千葉からK君夫妻 山形からH
マネージャー夫婦&5才のチビ6人である
味スタでは FC東京さんが
VIP入り口から 空調設備のある室に
ご案内下さったが お断りをして
みなさんの席へ座った
モチロン自力歩行デハナイ
車椅子とカイゴ人とだ

女子医大のS先生 東京ハズレのSちゃん
いわきのHさんの親友 さまざまな出会い
緑の芝生ダイナミックな動き
やがて夜空の打ち上げ花火
大歓声につつまれてウキウキだ
新社会人になったS君に言われた
「オーナー何時でも夢が実現出来て
いいですね」という
『ワタシは タンナるダダッ子
周りが 止む無くお手伝いしてくれるだけ』
S君はマスコミ入社 厳しい立場
ハケンと言うヤツである

若者に鞭打って良い
厳しい寒さにあてたが良い
若い時の苦労はさせたが良い 
だがしかし S君の派遣社員の制度
H君の新卒本採用を半年先という話

いったい何だろ 企業エゴ
若者使い捨て 育てる意識は皆無
バカヤロと言いたいが
若者たちも ドーシタノカネ
居酒屋の車座で うわさ話だけでなく
明日や未来を語ることを忘れていないか
手をつないで起つことを
語ろうとはしないのか
ドーシタノカネと言いたいね

アジスタから消えたH
勝手知ったる他人の家=ワタシの家に
深夜侵入して寝ていた
ネボケマナコ 帰途の新幹線時間を
気にしながら ひとつだけ良い話を
聞かせてくれた
彼のふるさと山形では いらっしゃいを
「おいでのう」と言うそうだ
なつかしい ひびき やさしい響き
素敵な言い回しだ

何時でも また 「おいでのう」
と言ってやったら 『じき入院でしょ』
と聞いてきた
「心配するな 夏休み中
ヨーヘイが留守番にやってくる」と言ったら
『ヒェー マジスカ!』だと 
マジだよ 駄々っ子のワタシには
イツモ誰かが付いててくれる

ヒマフロクだって 入院中
きっと ダレカが 留守番してくれる!!
留守中も ぜひとも みなさま
おいでのう!

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