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2006年7月

愚弄するにも程がある (改訂)

イケシャァシャァ 厚顔無恥
品悪く言うと 蛙の面にションベン!
福井日銀総裁とコイズミ総理だ

福井総裁 数年前 新宿歌舞伎町
ノーパンシャブシャブの接待に
しげしげ通ってバレテ 辞職した筈だ
少女売春を援助交際と
曖昧模糊にぼやかす
イイカゲンな風潮が良くない

福井副総裁以下 日銀大蔵官僚が通っていた
ノーパンシャブシャブは
肉体オサワリ 売春紙一重の場所である
男は 私も含めて 皆 助平が本性ではある
だがそれは 当然ながら「私事」であって
「公」では 断じてないのが勿論だ

「私事」である「性」を
公職中の公職 日銀接待という
「公」の接待に使う神経には 
唖然として言葉もないが
さらに ハッキリさせようじゃないか
ノーパンティ オサワリスケベ
エッチが主目的の日銀副総裁以下の官僚達は
ノーパンティシャブシヤブの
シャブシャブ飲食部分を利用して
飲食だからと
『接待経費計上』という手段を
講じていたのだ
イギタナイにもほどがある 

ここには 倫理も矜持も
良心の欠片すらもない
公費でノーパンティスケベ遊興を
やっていて 天下国家を論じていたのかと
問いたい

さらにだ ハッキリさせよう

村上ファンドのモウケがバレテ
ド素人でしてと 福井総裁言い訳をした
ド素人に日銀総裁が務まるのなら
怒素人の私にも日銀総裁をやらせて欲しい!

儲けて何が悪いんですか? と
ムラカミファンド氏が 開き直ったそうだ
儲けて悪いとは言わないよ
モウケル手口が 汚ねぇンだと
言いたいんダ
それを指摘出来ない記者は
昔提灯持ち 今マイク持ちだけのノウナシだ

公に就く者 公職に奉ずる者に
それなりの倫理 節度が
この国にはあった
その礎を 穿り返したのがコイズミだ
アア言えばコウ言う 屁理屈
ソウイウアンタはナンなのよ式の開き直り
前言を翻して恥知らずの
格差社会の失政以上に コイズミに依って
この国から 言葉の重みが失われた
「綸言汗の如し」「武士に二言はない」
このバックボーンが悔しいが失われ
消えたようだ

コイズミ氏『福井総裁 辞めなくて良い』
と言った
そりゃそうだ 同じ穴のムジナだもの

世間は忘れても 私は忘れてはいない
給料ドロボウという言葉がある
たいして働かないで
給料タダ貰いみたいな怠け者の
代名詞だが それ以上に ふざけた話
コイズミ総理は若い時 働かない
会社へ行かない で
給料タダモライをしていた
それがバレテ
『人生いろいろ会社いろいろ』と
イケシャーシャーと逃げ延びた

厚顔無恥の代表だ 抱負経綸ゼロ
宰相の器では全くない 

公式外国訪問中
プレスリーの真似をする神経を
彼の周囲はヘンとは思わないのダロか
青春の思い出のおふざけは 退職後
ゆっくりおやりよと
私なら直言するところだ

コイズミもコイズミなら
未だに それを支持する多数の人の
気が知れない 顔見たい
高支持率というのは
低能指数の数値ナノダロカ

民主主義は多数が原理だ
だが しかし それは時に
衆愚と紙一重であり 
大衆迎合が 諸刃の剣として
民主主義の危うさにあることを
言わない 言えない

メディア マスコミも ある意味
ポピリュストの集まり 衆愚に迎合
木鐸を忘れて腰抜けになったのだと思う

あれこれ ウツウツと 考えて
時間が経過した 

手術前の自己血400cc採血の後
点滴が3時間半もかかった
今日は朝から 検査 検査と
点滴で 一日が暮れた

入院日も手術日も 一週間前倒しになった
(8月2日入院 4日手術)
状況が かんばしくない 
スプーンすら持てない
外出は車椅子の移動になった

自分の身体に いささかの危機感を持てと
周囲に叱られてはいる が
ナオラナイノデス

陽射しに咲く 浜木綿の可憐な花が
まだ咲かない なが梅雨が明けぬ間に
入院のようではある

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もどかしい

『そこ踏むな ゆうべ 蛍のいたところ』

名刹 建長寺は 北鎌倉駅のすぐ近く
300mの高台にある
線路を挟んで 風情ある心字池があり
豪壮な山門へ登る道筋の真ん中に
ナゼカ公衆便所がある
このトイレ 出入りの し辛いこと
オビタダシイ 衆目に見つめられている
かのようナノである 
ソノセイではあるまいが
建長寺脇の 小さな寺院の門前が
格好の立小便場?となっていたそうだ

そこの ご住職 とある時 建長寺の名僧
朝比奈宗源老師に コボシタソウダ
寺院であり品格も考えると
赤い鳥居や立小便厳禁とも 書けないし
困ったものだ と
話を聞いて 老師は 板切れと筆墨を
所望され さらさらと板に
『そこ踏むな ゆうべ 蛍のいたところ』と
謳われた名筆で 墨書されたという

次の日から 門前立て札になった
『そこ踏むな~』の名句が
黄門サマの印籠のように
霊験?アラタカで ピタリと立小便の
不届き者が いなくなったという

話は二通りだ 立小便厳禁の
下世話な目的のために
そこ踏むな~ と なんとも風雅で
的確なメッセージを
おくられた老師の力量と
蛍のいたところ~ を 優雅に解して
受け止めた 鎌倉遊牧民?の感性の間には
ほのぼのとした ある種の会話が
成立したようで羨ましい

旬日の間 私には
ほとんど絶望的なと思える
急速な下半身麻痺や手指の痺れが
襲って来ている  
キーンという痛みが
アイスクリームを食べ過ぎた時のように
頚椎を直撃する

しかし その身体的な辛さよりも
ご親身な お見舞いをいただく皆さんに
言うべく 的確なメッセージを
出せないことが
何とも 私自身もどかしく 心苦しい
事実を告げれば 深刻になる
心配を掛けまいとして
ややもすると戯れ口になる 

再思 愚考  『事実のみの 御報告』です
8月7日入院 8月10日 頚椎後方を
切り開く手術

状況により手術日程が
早まる可能性ありとのことであります

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平澤建二さま

 お加減はいかがですか。きっと辛いだろうな、とお察し致します。
 きょう、かつての居候さんから電話がありました。名前を失念しましたが、検査入院のときにお見舞いに行った、と言われていましたので、平澤さんはご存知のことと思います。
 私の書いた「暇フロク を読み、嬉しくて電話したそうですが、こんなことも言っていました。
 「お見舞いに行った時、いつもに比べて平澤さんに元気がありませんでした。お体の調子が悪いことが最大の原因でしょうが、ご家族を亡くし、話し相手がいなくなっていることも要因のひとつだと思います。江成さんは平澤さんの人がらをよくご存知だとブログを読んでわかりました。僕が言うのもおかしいですが、平澤さんの話し相手になってやってください。

 うれしいですね。私ができることなど、タカが知れています。でも、その居候さんは、そんな私に期待しているのです。平澤さんのために、何かをしなければ、と決心して電話してきたのでしょうね。ジーンとしました。素敵な人生の教え子をお持ちの平澤さん、幸せですよ。
 だから、つい言ってしまいました。「平澤さんが入院したときには、また私が書かせてもらいます」と。

 今は電話に出るのも億劫なのではないですか。電話口まで歩く辛さ、左手で受話器を持っても右手で文字も書けないもどかしさ・・・。でも、ご自分のためにも、周りの心配してくれている人たちのためにも手術まで体力作りを考えた生活を送ってください。

 7月24日、FM放送に出演だそうですね。居候さん達の間で評判の『オーナー節』炸裂を期待しております。

えなり

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