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2006年3月

この国 オアトが無いようで

エー マイド馬鹿馬鹿しいオウワサを
一席ウカガイマス

“だれに 見しょとて 紅かねつけて”
テェ ザレ歌が ゴザイヤス
ブスでも シャンでも ヒトサマに
ちったぁー ヨォク見せよーテンデ
オ家を オデカケ前に 化粧テェものを
ナサルワケでゲスガ チカゴロはァ
電車の中で イロイロ塗ってェ
イラッシャル

アレハナンデ ゴザイヤスネ 
オ家で 用がタセナカッタノデ
オ外へ出てから 道っパタで用を足す
タチショウベンを シテルヨーナ
アンバイのモンデ ゴザイヤスネ

“ボロは着てても ココロはニシキ”
テェ ハヤリ歌が ゴザイヤス
チカゴロのオ若い衆 穴アキ、ブッチャキの
ズボンを はいてラッシャィヤス
ヒザ小僧マルミエにスルンなら
イッソ 半ズボンにスリャー
ドウダテンデス!
切れて 破れて 汚れが ジコ主張だ
ナンテ  バカ言っちゃ イケネェッての
ボロ ヨゴレ ヤブレはコジキモード
下層社会のシンボル、
衣装スタイルだってノガ
ムカシからの 相場にきまってヤス
ドーシテモ 気持ちン中ミまで
ボロが好きっテンナラ 
ようガス 一生 ニートでイテオクレ
コイズミ格差、下流社会にお似合いデゲスヨ

“コウゾウカイカク 構造改革”
テェ ハヤシ歌が ゴザイヤス
コウゾウカイカク オカゲで
宇宙旅行へ出カケルッテェ
トンキョな銭持ち
人ノココロも買えるッテェ エレエ
テイドのシコタマな 金溜め亡者!
下品な手合いが ぞろっとデテキヤシタガ
ジョウダンじゃねぇ ソンナノト
アッシラ 関係ねぇシ
カンケェシタカねェテンデス

昔と言ッチャァ ナンですが 
お侍も 町人も 長屋暮らしの 八 熊も
デキルッタケ 上品になりテェ
及ばずナガラ 品格を持ちテェと
考えて暮らして イタモンデゴザイヤス 

けどマァ この節ゎぁ 違ってキヤしたネ

ソーリ大臣が 『ガセネタ』テェ言葉を
ツカウ時代でゲスョ ヤダネぇー
一国の宰相が タタキ売り仲間の隠語
道っパタの大道香具師コトバを
使ってぇデスヨ
アゲク トクトクと国会で プリント持って
ゴ説明ぇテンダカラ 
エーッ タァック マァ 
アーァ ヤダヤダ ヤダネェ 
「国家の品格」 ソリァ あなた!
アノ手の人品にゃ
ナイモノねだりテェ モンデございやすょ
え~ ゴタイクツサマ コノテイタラクじゃ
この国 オアトが無いようで !!

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異次元在住 きものの語り部

きもの ひらさわに 珍客60人様
一挙に御来店 !
関原小学校4年生の授業
『東京友禅染について』話をとの
ご依頼である

前夜 スタッフの身の上相談で
深夜まで話合い 当日朝7時半
寝ぼけマナコで 
通院中の病院へ送ってもらい
昼過ぎに帰宅したら
二階売り場がバカにキレイに片付いている
「ナンダ?」と聞いて呆れられた
『イツモノ ポカですネ 
2時に授業ですょ』
と言われ「ラララッ何喋ろう」
とアワテタ  マネージャーは
笑って 周囲に説明してる
『社長は 前もって準備が出来ないヒト!』
『一夜漬けもダメ 即席ヅケで
行きましょ~う』ダト

京友禅 加賀友禅 東京友禅
技法の違いなど メモの整理をしていると
ドドドッと60人様ご来店である
二階展示室いっぱいに座った
お子さんのお顔を 見ているうちに
コマカナ話はヤメにして 方向転換!
ひらさわ呉服店の 「呉服」から話を
はじめた
きものは 中国の『呉の国』から
伝えられたので 呉服なのだと切り出すと
お子さんたち一斉に ふうーっと息をする
よッしゃ これで行こうで ペースが出来た
【キモノ、ワールド】への お誘いだ

s12




マンガの神武天皇 オサツの聖徳太子 と
ハナシをフルと 何人もが肯くではないか
出来るだけ やさしくは
もちろんの大前提だが
古事記のなかの藍衣 万葉集の色
我が家伝来のお雛様で十二単衣
源氏物語の色重ね と
色の生い立ち 成り立ち 色を駆使した
古えの日本人の 素晴らしい感性を 讃えた
判ってくれている手ごたえは
乗り出すような子供たちの眼差しでわかる
真剣そのものだ

色から 柄への誕生 さらに
京都知恩院門前の 友禅染の始祖
宮崎友禅斎に話をつなぐ 
お子さんたちの耀いた目を見て思った
幼いころの 私たちが
紙芝居を見つめていた目と
同じだと思えて うれしくなった
知らないことに 熱い興味を抱く
初心な子供たちが いとおしい

秀吉さんの お友達前田家
加賀百万石の加賀友禅
江戸 徳川幕府 お侍の江戸小紋
京の優美 江戸の粋
話をそこまで持って行った 多分難しい!
理解に至らなくとも どこかかすかに
印象だけでも残せたら良いのだがと
考えての事だったが
どうして どうして
後日寄せられた 感想文には
しっかと理解が書かれているのだ

京友禅と東京友禅の 技法表現の
わずかな しかし風土に根ざす 大きな違い
染めの変遷進歩などなど 大欲張りな
私の40分間の話と
お子さんたちの質問15分間も
充実していたと思う

【 きもの 】 
を伝える灯が子供心に点れば幸いなのだが!
どうだったろう

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湯島の白梅

新派大悲劇 おつた ちから(お蔦 主税)
を 知る人は かなりに 
少なくなった と思う が
菅原道真を祀る 湯島の天神様は
入試 受験 合格祈願! 
学問の神様として この時期
押すな押すなの ご繁盛?である

湯島天神での 合格祈願 私の場合
打率?合格率96%である!

●D君 
中学の時 父上を亡くし
高校の時 母上を亡くした 
ご両親と親友だったワタシ
イワユル神頼みは百も承知で
「俺に出来る事はコンナコト位」と
湯島天神 女坂の階段を
お百度詣りしたものだ

結果 やったぜ! 早稲田大と上智大
両方に合格 で 相談を受けた
『上智と早稲田どっちがいいでしょうか?』
瞬溌入れず即答
「ソリャァ 上智がいい 桜がきれいだ
桜の花見が出来る」とワタシ
上智大の隣 江戸城市ヶ谷濠の土手
サクラサク桜が見事である
『さ、く、ら、ですかァ』とD君
でも結局 上智大学に進学した

人生 岐路を 丁半で決めたって良い
その先どう歩くかが人生なのだ

●Nさんご子息
2月19日ワタシの誕生日 夜遅くに
電話が鳴った
『モシモシィ』でわかった お久しぶり
2年振りのNさんだった
『おかげ様 お兄ちゃんが 今日合格
決まりました N歯科大です』

Nさんのご子息 2年前に 合格祈願は
医科大学だった 
N君Nさん おしどり夫婦で歯医者さん
東京から2時間の小都市
N歯科は マンガのモデルになった事がある
奥様Nさんのご実家は 江戸時代からの
歯医者さまなのだが
ご子息 思うところあって医師志望だったが
浪人 そして 翻意
見事 今春は 歯科大合格 おめでとう!
願ったりの後継者が出来てと
奥様Nさんとの長話がオワルと
またすぐ電話が鳴った 

夫君N君からだった 言うべくは同じこと
何よりも本人が希望しての 跡継ぎなのだ
[ すてる神 に ひろう神 ]
神様ジラシナガラ
ほどよく 収めて下さったのである
ヨキカナ 芽出度しである

watakushiの場合
ソロソロお受験のコロアイである
出来得るなら 天国へ合格したい!
ソシテ ヤッパ 桜の季節が良い
願わくば 花のもとにて われ死なん
この如月の 望月のころ

イイデスネェ 希望です

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氷解

梅が咲いて 桜が蕾み とは 東京のこと
白馬は 3月14日早暁 氷点下マイナス12度
猛吹雪である
旧冬12月からの大雪害で 毎日毎日が
アイスピックで心臓を刺されるような
心境だった 

ペンションの屋根が折れ かやぶき屋根の
茅抜き被害があったが
2月中旬に ほぼ 除雪と屋根の雪下ろしを
終えているので
これ以上の二次災害には 至らぬ筈だと
思っているし思いたい

ここ百日あまりの間 私は
バカタレUやワルガキおじ様
母や妹の知友 お得意様 旧友
多くのかたに 背を支えられた
由紀さおりさんには きものセールの
お買い上げ後も お手紙を いただいた
お心こもった 便箋3枚の文面は
もう何回か 読み返し 諳んじているほどだ

千葉のE先生 数年前 かやぶきへ
二晩お泊りだった お話相手をさせて頂いた
お帰りの朝
「先生もう一晩延長
語り明かしましょう!」
と冗談を申し上げた
E先生は『私の人生全て 話し尽くしました
また話の種をためてから来ます』と
おっしゃった 

そして それ以来 お目にかかることなく
折々 お便りだけの方なのだが
聞き伝てられた雪害セールに
奥様とお嬢様の おでかけをご指示下さった

多くの方が 思いがけぬ小さなご縁を
心に留め下さっていた  

その出会い その思い その一期一会の力が
危急に瀕していた状況から私を 脱出させた
唯一の 手がかり だったのだと
今 溢れる感謝の心で 思い返している

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一期一会の神髄2

今夜のきものは「仕立ておろしなの?」
とK君に 聞かれた
「仕立ておろしとは 懐かしく
含蓄のある言葉だ
家の中を整理したら出てきた おやじの着物
半世紀以上前の品を 洗い張りして
仕立て直しを したのだと私が答えたら
K君『僕も おやじの形見 大島紬を
仕立直ししてもらおうかな』
『きものって 息が長いンだね』という

円周を回るように たがいに話が
なかなか核心に触れられないでいる
そんな晩のようだったが 聞きだされて
白馬の雪害に話が及んだ
実のところ いつも洗いざらいを
話せる信頼を K君には寄せている
雪害の 最大の危機と危険な期間と
私が考えていたのが
{ 2月初旬の暖気 }
その直前 かやぶき茶屋の除雪に やっと
地元のある建設会社が出動してくれた
東京からも好意で 秋田生まれ
懇意の大工さん達が 屋根の雪おろしに
再び来てもくれた
除雪の 運んで捨てた雪が 4トン車で
30台を超えた 驚異の量だ
かやぶき屋根の最上部 棟木がやや傾いた
茅の随所に 断裂や浅い陥没が見受けられる
軒端の茅が落ちている......
それでも確信ではないが 被害が最小限で
食い止められそうだ

あれもこれも 話をしているうちに
いささか胸熱くなってきた
「大丈夫だよ ケンジさん主演のドラマは
いつでも波乱はあっても 一話ずつ
しっかりと収まるはずだから」
とK君が言ったからだ

つくづく思う 私は 人に恵まれている
生きてきた 道筋 なにごとかの折に
いつも いつでも『ひと』に 救われている
一期一会 ひょっとして もっと大きな
何かかもしれない

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