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2005年11月

井の中の蛙大海を知らず されど・・・?

ハリケーンのような 息子がやって来た
21才学生 地方在住先輩の甥である
東京へ行くなら アソコへ泊まれと
我が家がシテイ旅館?になった
元気印 頭もヨサソだが 食欲は
バカの大食い ホットケバ
「食器まで食べる」との前口上付きで
東京視察=就活前のウオームアップ
とかである

朝7時に出掛けて 夕方7時に帰宅
開口一番 ラッシュ時の
電車の混雑の激しさについて
エンエンとコノ私に説明なのだ
「知ってるよ 毎日のコトだ」
といっても止まらない
『ナニシロ スゴイ!
人間ギュウズメが3分おきに
やって来る!!』と興奮サメヤラヌ
「それが東京で稼ぐことのコストだ」
と言ったら 何となくシュンとしてた

夜遅く こたつ談義になった
(ケーキ3 どらやき2 せんべい
りんご etc...)
天晴れな食欲!に 圧倒されつつ話が弾んだ
ひとつ事に 精進を重ねておられる
先輩の現況に敬意をこめて 
「雀 百までか 」と呟いたら
『それってクイズすっか?』ト キタモンダ
ソカソカ クイズ か よーで 聞いてみた
「泥 縄~  」「藪 蛇~ 」
「門前の小僧~ 」など など だが
『知らないっすねー』と 一蹴された
ガッコの成績は はなはだ よろしいらしい
性格も良い子だ
先輩 ナニカ 考えてたのかなぁ

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同窓会

本日 同窓会である
かって 毎週ヒットにつぐヒットを
飛ばしていた モト雑誌編集者旧友から
メイ句 有りと電話があった
「クン付けで ババァに呼ばれる 同窓会」
ダト
シャクだから ワタシも作った
『クン、クン、と ジジババ
ジャレアウ同窓会』

会場 湯河原 新幹線が止まらない
デ 東京駅から普通列車 
ゆったりと なつかしい 
想いおこすことがあった 

「はこねぢをわがこえくれば 伊豆の海や
おきのこじまに浪のよるみゆ」

何十年も前 熱海へ行く道筋
付き添いの居候の お兄さんが 何度も
何度も 繰り返し 教えてくれた
実朝サンの歌だ
―根府川―あたりの景色を見てのことだった
和歌って ナァンダ簡単ジャン
見たまま口にすればヨイ と
その時は 月並みな和歌だと
バカなワタシ考えていたハズなのだが
こうして ひとり眺めると だ チガウネ
当たり前だ!

凡は 非凡に通ず
数百年を経て 実朝の叙情が胸を打つ

空やうみ 海や空とも えぞわかぬ
霞も波も たちみちにつつ 

一生に 一回!一度でいい!
こんなうたツクレヌモノカ!
アッそうか バカは死ななきゃ ダメカ!

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扉を開けて

「ズボンドズボン」
ボーカルのjunkoちゃんの 紹介記事が
足立朝日新聞の 1面に 大きく掲載された
ローカル紙と言って下さるなよ!
足立区は人口70万 広島市とドッコイで
名前は言わぬが アチコチの 
県庁所在市 それぞれよりも大きいし
比例して足立朝日の発行部数も多いのだ
デカケリャいい オオケリャいい
とは言わないが
この記事なかなか気合が入ってて
過不足がないのが ウレシイとこだ
ハッキリ言って マスコミと民主主義
どちらもアホを員数に入れる
カウント多けりゃ 勝ちだけど
でもしかし 「志」を失っては
(コイズミ)劇場呼び込み屋に堕ちる
近頃そういう新聞屋も多いダロ

今日の朝刊 見出しに
マンション倒壊の危険 とあった
知っての通り それは震度5が前提での話
この記事 過 が過ぎる 
そして記事の中身だが
倒壊に拠る近接近隣への影響
(シュミレーション)には
筆が及んでいない 不足 である
そんな訳で!
門外漢我流ワタシの記事査定基準は
過不足の有無 にある

ズボンドズボンjunko紹介を
『過不足なく』記事にした記者君には
私流の賛辞を快く呈する次第
― 全文はHPに掲載 ―ご覧あれ!
チャッキチャッキの下町っ子
純子紹介のイントロ
一円玉の旅烏~カラオケは秀逸で
エンディングに美空ひばりを配した文列は 
SOUL R&Bに馴染みの薄い下町―読者へ
下町――純子の静かなアピールの伏線だろう
記者さん オヌシなかなかヤルノー と 
純子ファンのワタクシ
きわめて満足致したところである

『扉』に賭けて ジュンちゃん
今 まっしぐらに頑張っています
閉塞した時代の中の若者たち
辛いことが多いだろう 
悩み苦しみ ぶつけ合い
傷つくこともあるだろう 
でも 起とう 手をつなぎ 歩き出そうよ
『扉』を開けて! 

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おかめと狸の酉の市

信州白馬「ペンションKEN」目の前の
ゲレンデが 初雪で真っ白だと知らせて来た
なぜか 白馬の里雪 初雪は
11月15日が多い
東京も 朝夕めっきりな肌寒さ
21日は 浅草鷲神社酉の市二の酉だ
鷲神社は 5000円札樋口一葉の三ノ輪と
浅草の 中程にある
近年 新宿の花園神社も賑やかだが
ここは二番手だと下町っ子は言う
しかしさらにご本家ご本尊は
ワガ足立区の鷲神社だ
という有力説があるし
足立区民は 広くそう信じている

先月 呉服店の私の店に
約10キロ離れた所から
祭りのダボシャツと股引を
お買いに見えたお客様がいた
「本祭り」だと言われる
「十月のお祭り珍しいですね」 と
申し上げたら
「うちのほうの神社は
おとりさまだから 12年に1度本祭りなの」
と教えられ 初耳のことで 感心をした

下町っ子は 酉の市と言わず
お酉様といい そこで 縁起の飾り熊手を
買い求めるのが慣いだ
その熊手は 年毎に大きなものにするのが
商売や仕事の縁起付けで
近年は100万円クラスの熊手も あるそうだ
本来の熊手は もう日用品では無くなったが
かっては 庭の落ち葉をかき集める
竹箒(ほうき)とともに 
重宝な庭掃除の用具だった
恐らく竜安寺石庭の 鮮やかな線描きも
この熊手によるものだろう 


kumade





竹箒(たけぼうき)は 掃く=はき散らす
に通じて ダメだと考えて
熊手は 落ち葉をかき寄せるので
お宝(財宝)をかき集めると考えた
東京っ子らしい縁起かつぎなのだが
熊手中央の飾りは おかめである
ワタシ 子供の頃『おかめ』でなく
『狸』なら どうかと考えていた
タヌキなら 落ち葉をお札に
変えてくれるのにと 大真面目に考えていた

明日の晩 誰か誘って
お酉さまに 出掛けてこよう!
熱気溢れる境内で 威勢のいい手締めや
賑やかな掛け声を聞いて 
どどーんと 景気をつけてこよ~っと

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ものは言いよう

万感 胸に迫る思いを抱く時
人は一様に 美しい顔になるものだ
皇后様の 紀宮さまご婚儀の折に
テレビに映し出された ご表情は
申し上げて恐縮ながら
一人の女性としても
美しく魅力に溢れていた
呉服屋という仕事柄 数え切れぬほど
様々な ご婚儀に出会えたが
娘を嫁がせる母 という立場の
女の人が見せる どこか切迫したような
美しさは 他に類がないように思える
古い言い方だが
『言わぬは 言うに いや優る』
目は口ほどに 或いは それ以上に
多くを語るものなのかもしれない

紀宮さまが嫁ぎ行かれる朝
「お別れの挨拶」と申し上げた宮内庁職員に
皇后様が お別れはないでしょうと
たしなめられたと 記事にあった
皇后様のお言葉は まさに正鵠を得た
と言うべきだ 正鵠などと
いささか大袈裟な言い方だが
結婚式やそれに連なる行事には
当たり前だが『忌み言葉』がある
―別れ 離れ 死  など
口にしてはならない言葉と
言われ教えられていたはずだ
縁起を担いだと
単細胞には考えないで欲しい
嫁ぎ行く人 幸せになる人への
心配りの問題なのだ 
お別れでなく「門出」という
いい言葉があるではないか 
無知無礼で 頭のワルイ マスコミが
少し前 「紀宮様のお別れ会」
と報じていたのが
どうにも気になっていたものだ
ものは言いようだ
頭を使え 仕事だろ と言いたかった 

ソンナトキ 東京の下町には
『立ち振舞い』という 
程よい仕来たりと 粋な言葉が
あるんですがね

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胸すく想い

ペルー、フジモリ元大統領拘束のニュースに
胸がざわめく衝撃をうけた

5年前 白馬の御宿かやぶき茶屋に
フジモリ元大統領がおいでになった
日本への亡命間もないころのこと
お忍びと思われた
その日私は スタッフに 一同が
フジモリ氏と気づいていないかのよう
振舞うように厳命したものだ

フジモリ元大統領は 終始物静かに
柔和な微笑みに絶やさずにおられたが
思いなしか どこか寂しげな ご様子と
お見受けした
かやぶき茶屋の 大きな柱に
手をふれられたり
吹き抜けの 巨きな空間を
じいっと見つめられたり
二階大屋根裏の美術館を ご覧の後で
スタッフに「いいですね!」と
感に堪えたように仰って下さったそうだ
生まれ来て生涯はじめてフジモリ氏が
溢れる想いで父母の国の原点を 
白馬かやぶき茶屋に見出して頂けたと
その時私は ひそかな自負と充足感をも
覚えたものだ 
そして 『一期一会』 お客様の
お大事な『いっときの人生を』の 
お預かりを心がけている
かやぶき茶屋の宿屋商いに
冥利とも言える 幸せな想いに
そのとき包まれたものだった

フジモリ氏の言行を 私は詳らかではない
その可否を知らない
しかし 少なくとも
この度のフジモリ氏の帰国行動には
「決然として起つ」「一身を賭する」
「従容として赴く」という 
忘れかけた日本人の 出処進退を思わせて
胸すく鮮やかさがある

かりに それが
政治家の「業」なのだとしてものことだ

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いつからが赤ちゃん?

移り気な 男女いずれかの 心に似たのかは
知らないが
昨日今日 降りつ止みつの秋空は
体調に はなはだ悪い
眠れないから本を読む
本を読むから眠れない
堂々めぐりの 寝ぼけマナコで 店に出たら
「社長 お疲れの様子
寝すまれたら 如何です」と
すすめられた ありがとうで寝て3分
「シャチョウ!」と 声がかかった
ウルサイーと思ったが
「お客サマァでーす」とあれば
ニコニコになるのが商人のサガである
「寝たら」『社長っ!』寝たらー社長っ!
で4回目 寝てられないナァと言ったら
『デモ 寝てください』と言う
「ーんぅんー」と聞き返したら
『シャチョウが寝れば 
お客さんが来ます』 だと

こういう時は 得てして奇なる機会
経験に 遭遇するものだ
大きなお腹のお客様 お二人連れで
お出でになった ご妊娠中の方である
「この夏テレビで見て 相談出来る
きもの屋さんだと思って来ました」と
大変ありがたいお話である 御用事は?
と伺うと
「この子の きもの」をと
取り出された写真を 拝見して 絶句した
この子ノ写真とは お腹の中の子
つまり胎児の お写真である
お腹の赤ちゃんの 男女が判る時代に
なったまでは ワタシも認識していたが
その記念写真(?)があるとは
知らなかった
― 生命 科学 倫理 ヒト 誕生 ―
ワタシ頭の中がパニクッたが 
二昔前迄は どこのご家庭でも
婚家実家が力を合わせてなさっていた事を
聞かれるままに お話しをした
赤ちゃんのお誕生後の 神社へのお宮参り
産着 初着 のご手配
すくすく育つように麻の葉柄の肌着を
着せたこと お七夜の祝い
お食い初め 紙おむつ以前の
お母さんのご苦労 など など~
本題の『熨斗目』を 御調えまで
お茶を入れての長話になったが
お二人とも きわめて興味深げに
聞き入って おいでだった

そして
お宮参りって結局ナンデスカ?
とムズカシイ事 聞かれました 
『さしずめ今で言う住民登録 戸籍届けを
氏神様にしてたのですが 
現在は 日本人のアイデンティティ登録だと
存じます』とお答えしたンです
それで良かったですかねぇ

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中年よ 野心を抱け!

信州 白馬 今 秋である 
当たり前だと言わないで欲しい 
四季が劇的に変化する 白馬
日々刻々 移り行く季節の気配を
感じさせる 白馬は 
自然が 人々の営みの名コンダクターとして
一流中の一流である
3千メートル級北アルプス連峰の
どの山々も 裾ながに真っ白なベールを
まとって 今が 三段紅葉の真っ盛りだ

里は 冬囲いの最中だが
この時期いつも 御宿かやぶき茶屋に
お出で頂く おばさまグループがある
3年連続今年は七人様2泊
もともと「筆子会」という
書道の集まりの方々だが ナニシロ元気印ダ
今回のご旅行は 東京池袋の劇場で
『オラトリオ』を歌われた後の 
打ち上げ会 とのことだ
書道とオラトリオ(筆と宗教曲合唱)の
カンレン脈絡が マネージャー解説では
私にはワカリマセンのです
それ以上にナンデス
東京で歌って信州で打ち上げという 
メガトン級のオバサマエネルギーには
識者の解説がぜひ欲しいデス

おばさまたちに感化されて
ワガマネージャーも 筆字が好きだ 
おばさまたちにケシカケラレテ
マネージャーがこの度 
「筆子会展覧会」に 出品を
目論むことと相成った! 
中年よ野心を抱け!?!
出るからには負けるなーと ハッパかけた
がしかし 朝青龍級のおばさまたちには
敵すべくもないだろう 
さてしばし と 熟考再考 作戦会議の結果
出品作は 『かやぶき茶屋お献立表』に
決定した ケタグリである?!
これなら 余人を寄せ付けず
勝負デキマス と考えた
結果は 見ての お楽しみ!
イイセンいくとはオモイマスが
どうでしょうかネ

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江戸っ子だって

江戸っ子 東京っ子は
「し」と「ひ」の発音の区別がつかない
「アサシ(朝日)が昇る」などは
ゴアイキョウだが
元旦に「シノデ(日の出)を拝む」
と言って ブットバサレタ友人がいた
ヒトのことは言えないが
これは下町生まれ下町育ちほど 重症である
『ズボン ド ズボン』のボーカル
純子ちゃんの 父上サマなど
その手の最たる下町っ子である 
父上サマ この夏 フジテレビのお台場で
大きな仕事されていた  
「全く!シマが無くて!シマが無くて!」
というレベルの 最重症級!
純子ちゃんが 矯正したくても
取り付く ヒマもシマも ない?!
純子ちゃんは 私も幼い頃からよく知る
美人で可愛い娘だが アメリカ遊学中に
スカウトされて
『ズボンドズボン』の結成に参加
ボーカルをやると聞いて
ワタシ ヒイとシイの区別がつかなければ
英語のラブソングが歌えるかョと
トンデモナイ心配をしたものだ 
良くしたものだ
ズボンドズボン ボーカリスト ジュンコ
の発音は 母方遺伝!であった

その純子ちゃん
ズボンドズボンライブツァーの合間をぬって
ご家族4人とご一緒に
ひょっこり我が家へおいでになった
玄関を開けると ジュンちゃん
綺麗な花かごを抱えている
「ヤッター」と ワタシ ムネ弾ませたら
私には「こんばんは」と
素通りで 茶の間の仏壇に供えて下さった
いささかならず胸キュンである
下町っ子らしい躾の良さ
古い言い方だが 「芸は人なり」だ
きっと 出世する と思うし 応援します
ズボンドズボンの活躍に 話が弾んだ 

【10/24日付けのオリコンインディーズ
アルバムチャート
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ニューアルバム『扉』が

(編集用語で最初の見開きページを
扉ページというのですが
さあ 扉を開けて ミュージックシーンへ
飛び出そう みたいな 意味を込められて
付けられたそうです
メジャーデビューへの扉という意味もあるのかな?)
週間ランキング1位を獲得
所属レコード会社では
かなりの期待と情熱を注いでいて
その営業もハンパじゃないそう
最近ではコンビニで よくかかっており
私もファミマで聴きました
伸びやかでキレのある確かな歌唱力
それが純子ちゃんです】 補足:タケウチ
tobira







そして ズボンドズボン名古屋ライブには
ワガ居候 ヨーヘイが
楽屋見舞い(表現フルイカ)に
行ったそうだ
マジメ君の彼に似合わず
即コメントを送ったそうだ
素敵なライブ感激しました まではヨイが
ナンと 次のライブに コノ私を
連れて行くと書き込んだそうだ
タックゥー 場チガイオジサン連れテッテ
どうするノと 只今困惑中だ

******立ったまンまで ペンライト振ってェー
あーッやだダメッと思ったが******
行って見るかナァ『ズボンドズボン』
ヨーヘイのゴ推薦でもあるし
にしても大変だ 2時間立って手を振って!
リハビリ ヤンナキャ アシタから!!

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