デパート不況 根幹にあるもの ~ 高かろう酷かろう 日本橋三越 ~
[ 有楽町の西武デパート閉鎖 ]だそうだ
地下鉄銀座駅 JR有楽町駅に隣接
銀座のテリトリーである
そこは昭和の時代
日劇 日本劇場のあったところだ
伝説の歌姫 李香蘭(山口淑子)が
日劇に舞台出演の折には
観客の行列が[日劇]の周囲を
15回りも取巻いたという
破天荒な話がある
昭和20~30年代
日本全国どんな片田舎の商店会も
競って[ ○○銀座 ]を名乗った
斯く言うワタシのトコロも 関原銀座!?
である
銀座とはまさにステータスシンボルだった
有楽町(銀座)日劇の跡地に
阪急デパートと西武デパートが二分して
賑いを見せてから 四半世紀
僅かな期間で 閉店に追い込まれたのは
所謂デフレの影響だけとも思えない
デパート商法の劣化が
拍車をかけているのではないか
[三越デパート]
名コピー
「今日は三越 明日は帝劇」と
一世を風靡した日本橋三越のことで
不愉快な経験がある
一昨年7月27日私の特別の日に
K君から夕飯に魚介の網焼きを
用意してくれると電話があった
千葉の茂原から サザエや魚 を
ヨーイショという位
両手に下げてK君はやって来た
「アワビが地元で売切れだったの
三越がイイと思って
日本橋へ廻ったので遅くなった」と言う
なれぬ手で支度をするK君に聞いた
『このアワビいくらだった』
「うーん」の生返事に私は再び聞いた
『いくらぁ』
「なんで?」
『聞きたいね』
「ドウシテ知りたいの」
『このアワビ ヘタッテルょ』
「えーっ」
「茂原ならこの位のアワビだと
4~5千円 三越で
8千円したんだけどなぁ」と
K君は憮然としていた
ツッツいても動かない
炭火にも踊らない
そのへタレアワビは
煮付けになったが 箸は進まなかった
二日後私は 事の次第を三越店長に
手紙を出した
翌日やって来た 三越売り場店員の曰く
「冷蔵庫に入れてあった」には
唖然とした
さらに
『お詫びの手土産を
私が頂くのは筋違いで遠慮します』と
持ち帰ってもらった
ただ
『送り主にしかるべく 連絡とご挨拶を』と
言っおいた
後日趣旨不明の電話があった
その折にも
『私よりKさんに連絡を』と
繰り返し伝えておいたが
肝心なK君宅へは お詫びの電話すら
無かった
店長からもナシノツブテで
返信は無かった
「のれん」「信用」「誇り」が
かっては[百貨店商い]の
大事な値段設定の要素で
根幹だったと思うが
それを失ったデパート商法の劣化が
デフレと共に 年々の売り上げ低下を
招いているのではないか
私も商人である 他人事で無く 心したい









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