デパート不況 根幹にあるもの ~ 高かろう酷かろう 日本橋三越 ~

[ 有楽町の西武デパート閉鎖 ]だそうだ

地下鉄銀座駅 JR有楽町駅に隣接
銀座のテリトリーである
そこは昭和の時代
日劇 日本劇場のあったところだ

伝説の歌姫 李香蘭(山口淑子)が
日劇に舞台出演の折には
観客の行列が[日劇]の周囲を
15回りも取巻いたという
破天荒な話がある 

昭和20~30年代
日本全国どんな片田舎の商店会も
競って[ ○○銀座 ]を名乗った

斯く言うワタシのトコロも 関原銀座!?
である
銀座とはまさにステータスシンボルだった


有楽町(銀座)日劇の跡地に
阪急デパートと西武デパートが二分して
賑いを見せてから 四半世紀
僅かな期間で 閉店に追い込まれたのは
所謂デフレの影響だけとも思えない
デパート商法の劣化が
拍車をかけているのではないか

[三越デパート]
名コピー
「今日は三越 明日は帝劇」と
一世を風靡した日本橋三越のことで
不愉快な経験がある

一昨年7月27日私の特別の日に
K君から夕飯に魚介の網焼きを
用意してくれると電話があった

千葉の茂原から サザエや魚 を
ヨーイショという位
両手に下げてK君はやって来た
「アワビが地元で売切れだったの
三越がイイと思って
日本橋へ廻ったので遅くなった」と言う

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なれぬ手で支度をするK君に聞いた
『このアワビいくらだった』
「うーん」の生返事に私は再び聞いた
『いくらぁ』
「なんで?」
『聞きたいね』
「ドウシテ知りたいの」
『このアワビ ヘタッテルょ』
「えーっ」
 「茂原ならこの位のアワビだと
4~5千円 三越で
8千円したんだけどなぁ」と
K君は憮然としていた

ツッツいても動かない
炭火にも踊らない
そのへタレアワビは
煮付けになったが 箸は進まなかった

二日後私は 事の次第を三越店長に
手紙を出した 
翌日やって来た 三越売り場店員の曰く
「冷蔵庫に入れてあった」には
唖然とした 
さらに
『お詫びの手土産を
私が頂くのは筋違いで遠慮します』と
持ち帰ってもらった

ただ
『送り主にしかるべく 連絡とご挨拶を』と
言っおいた
後日趣旨不明の電話があった
その折にも
『私よりKさんに連絡を』と
繰り返し伝えておいたが
肝心なK君宅へは お詫びの電話すら
無かった

店長からもナシノツブテで
返信は無かった

「のれん」「信用」「誇り」が
かっては[百貨店商い]の
大事な値段設定の要素で
根幹だったと思うが
それを失ったデパート商法の劣化が
デフレと共に 年々の売り上げ低下を
招いているのではないか

私も商人である 他人事で無く 心したい

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歌舞伎座さよなら公演 ~ 昭和の名役者 ~

歌舞伎座へのお出掛けを
祖母なら「シバヤ見物」
母なら「お芝居見物」と
言っただろう
私は『歌舞伎見物』わくわくである

同じように言えば
祖母「帰りしな」
母「帰りぎわ」
私「帰りがけ」に
チビKのパパが車を入れた
コインパークの傍に昔通った
美味しいシチューの店のある事を
チビKのママに告げた

当然 思い通りの筋書きで
夕食はシチューになった
至極満足ご機嫌の一日ではあった


大向こうの掛声が
心なしか 少ない小さいのが 淋しかった

染五郎の曽我の十郎 風姿と気品
その内に 大化けする役者かもしれない

勧進帳の『中村屋ァ』
私は思い切り大きな掛声を掛けた
凛とした風姿台詞回し上々だった

いささか残念だったのは
団十郎の弁慶である
顔も目玉も弁慶役者だが
相変わらず口跡が悪い 
鼻へ抜け 口ごもるような発音には
コマッタネ 『一声 二顔』
顔には文句を言わないから 
モウ一度 外郎売からやり直しだょ

演目

播磨屋がよろしい!
吉右衛門は チビKもパパも
TV鬼平でのファンとか
しきりと手を叩いてた

血のつながらぬ養子なのに
先代と立ち居振る舞い
所作がそっくりなのには驚いた

想い出す 記憶に残るあれこれがある

[籠釣瓶]
先代播磨屋の 次郎左衛門がからむ
歌右衛門の 花魁八橋
目に浮かぶ妖艶さだった

[鏡獅子]
六代目菊五郎を歌舞伎座が無い時代
東劇で見ているが 子供だったので
華麗だけが印象

[藤娘]
梅幸のおおらかで ゆったりとした
あでやかな踊りが懐かしい

[高杯]
先代勘三郎が高下駄で
あたかもタップ風の踊り
サービス精神で
ヨロケソウに道化たものだ

[助六]
先々代海老蔵
斯くも見事な美男が
世の中に存在するのかと
見る折毎に感嘆したものだ

[仁左衛門]
片岡孝夫の時代からの
私のひいき役者だ
声 顔 姿 三拍子を 兼ね備えている
先代仁左衛門も 晩年ほとんど盲目に
なったが 口跡の爽やかさでは
群を抜いた役者だった

[玉三郎]
鮮烈にデビューの頃
「足が長すぎる女形だなぁ」と
ひらさわのお得意様でもあった

名脇役上田吉二郎さんが仰っていた
昭和40年代だ
背が高い足が長い若者が
増えて来た頃でもあった

[鴈次郎]

若い頃の扇雀は 初々しく艶やかで
一世を風靡 その名を冠に
「扇雀飴」が大ヒットした
親友の俳優・山田真二とお目にかかり
気さくなお兄さんの雰囲気で
その意味でもファンになった

あれこれを そのうち 一度
昭和の名場面の回想を
メモすることも大事かな と 考えている

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歌舞伎座さよなら公演

ご承知かもしれないが 「トチリ」は
マチガイ&シクジリの言葉なのだが
歌舞伎や芝居の [ 観客席 ]では
最も上等な席の番号とされている

い ろ は に ほ へ [と ち り]
前列から7番目8番目9番目の席は
役者の顔がよく見える!
役者の声がよく聞こえる!
ひょっとして贔屓役者に掛声を掛けると
こちらを役者が見てくれる!!
見物客をひいき役者が一瞬でも
見詰めてくれる!!!
ソリャモウ芝居通にとっての その席は
ぞくぞくするヨナ快感を味わえる
最特上の席なのである

あのネである
ワタシ歌舞伎座正月公演に招待されてデある
ウキウキのお出掛けが本日1月17日昼の部
シカモデアル 花道傍の[ と ]の席と
キタモンダ

目下歌舞伎座は 新築の為4月から休場になり
さよなら公演中 大フィーバーをしていて
切符等は ほぼ絶望的に手に入らない
それがキセキ的に貴席?が入手出来たのデアル

経緯はこうだ 昨秋由紀さおりさんの
コンサートに チビッコKを
私の車椅子運転手に任命した
同行したKのママの隣席が
私の知人Oさんだった

女性のお喋りは 花が咲くだけでなく
実に成ることもある
Kのママは初対面のOさんに
Kが子供歌舞伎をやっている話
「オジチャマ(私)をゼヒ歌舞伎に
お連れしたい」と何気なく話した
Oさんが「何とか致しましょう」と仰った
後日手紙のやり取りがあって
実現したのがトチリの切符!
実は
― Oさんは 某テレビ局会長の姉上なので
道がローマに通じた! は
ヤヤオオゲサだが ―
私の歌舞伎好きを
Oさんは先刻充分ご承知なのである

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何十年も前 祖母に連れられて
歌舞伎座開場記念公演に出掛けた
祖母達世代の東京っ子は
芝居をシバヤと発音した
歌舞伎座の辺りを木挽町と呼び慣わして
東銀座とは意地でも呼ばなかった
銀座4丁目は「尾張町のカド」と
ゴウジョウだった

歌舞伎座の杮落しの演目に
二条城の清正があった
先代吉右衛門が演ずる無骨な加藤清正を
子供心に感銘した 祖母にそれを告げると
「坊や それじゃモイチド来よう」と
帰りがけに切符を買った
江戸っ子は気が早い 
その次モイチドの機会に
先々々代三津五郎の踊り「喜撰」を誉めると
「坊や それじゃモイチド来ようょ」と
また帰りがけに切符を買った

家に帰ってから母に
「いい加減になさい」と苦情が出た
負けん気の祖母が
「折角ヒトノゴキゲンにミズヲサシテ」と
つむじを曲げると 傍らの父が帳場から
封筒を持って来た
「ハイハイお義母さん」と言って
問屋さんからの歌舞伎座招待券を差し出した

「二度ある事は三度ある」
「いーえ 毒を食らわばですょ」
何だか分からなかったが言い合いが終わると
祖母も母も ご機嫌が直った
「今度は ナニ着てコカナ」
「カラスの勝手」
「ガッコのベンキョ ナンザ
セクコタないょね」
「そーもイキマセンケド」と祖母
父母公認で 私は芝居見物
学校ズル休みになった

後年 歌舞伎座の床屋でリーゼント調髪
学生割引の一幕見を数えると百回は越す
女友達と楽屋見舞いに行った
長老役者が何をカン違いしたのか
「ふたりで楽屋風呂に入れ入れ」と
ススメラレ辟易した思い出も
ほぼ半世紀前になる

母が92歳で亡くなる3週間前にも
歌舞伎座に出掛けた 
母は 娘道成寺を見物しながら
囁くように小さな口三味線を唄い
小さく小さく手が踊っていたのも
懐かしく想い出のなかにある 
あの時 母につつかれて
大きな掛声かけたように 
いっチョやるか 初春縁起が いいっ

よっ成田屋 よっ播磨屋
待ってましたァ 日本一ィ って

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新たな年の始まりに

あけましておめでとごぜます
らいねんもよるしくおねがいします


K君への「年始メール」である
差出人はネパール人
都心の飯田橋高層ビルのテナントで
ネパールカレー店を
経営しているJからである

「J! アノね 今年もよろしく ナンダョ」
「新しい年になった挨拶でしょ
ワカッタァ!」とK君は元旦早々
人のお世話で忙しい
ケイタイを閉じながら
「1月1日に 来年もよろしくはナイよね
日本語以前のモンダイ ナンダケドなぁ」
とボヤイテル

K君は 在京ネパール人約70人と
顔なじみ 日本語や日本の慣習礼儀の
相談係で大忙しである
ネパール語の読み書き喋りも
当人自称は小学生レベルとやらだが
私見では 彼の書き文字は
本職の歯科医レセプトの字より
~ココダケノ話~ハルカニ上手な字だ

ネパールへの深入りは
ヒラサワさんのセイだとK君は
公言しているが マッマ 言えなくも無い

一昔前 私が 手術とリハビリから
やっと立ち直り ボチボチ杖をつきつき
歩きを始めた頃
スキーシーズン間近に
急遽 他人に貸してあった信州白馬の
ペンションKENが
自分に戻る事態になった
アタフタと大忙しの最中
ヤミクモに雇ったコックが
ネパール人Hだった

生真面目で礼儀正しいのは気に入ったが
言葉が全く通じなくてギブアップ!
パニックになった

[ 台所に 大きな張り紙をした ]
●煮る●焼く●茹でる●揚げる●蒸す
●炒める●和える 料理用語7種の
言葉を区分けして書いた

下の欄に 使用する鍋 釜
フライパン等の調理器具を
イラストで画いて 料理の実践を始めた
更に その下欄に ネパール語の
料理用語をHに書き入れさせる
苦肉の策が 大難関にぶつかった

「煮る」と「茹でる」の区別が
Hには 何としても理解不能なのだ

もっとも居合わせた居候6人の内
正解はK君ひとりだけだった
(青みを増す塩一振りは別として)
正解の 煮ると茹でるの違いは
 「味」をつけるか つけぬかの
差なのだ だが たったそれだけを
理解させるのに 言葉の通じぬ者同士
身振り手振り 踊り続けて(?)
マルマル3日間も! かかった!

2010



言葉の大事さは 言うべくも無い
さてと思案のソノ結果 K君酒豪
Hもノンベエなのを好都合に
二人に連夜 一升瓶をアテガッテ
[日本ネパール会話教室?]を
開講させた
併せてK君を 即席ネパール語通訳に
ニンメイしたが モタモタ通訳だった

あれから13年 K君のネパール語の
読み書き喋りは格段に進歩
暇さえあればネパール語の本を
読みふけっている

昨年秋 私の通院付き添いで
車椅子を押して電車に乗った
途中の 新宿駅と代々木駅の間で
事故があり 10数分間停車した
私はウトウトと居眠り
K君は例によりネパールの原書本を
読み出した

列車が動き出し居眠りから覚めると
K君の隣に見知らぬネパール人がいて
何やら話し込んでいる

次の新宿駅下車らしいネパール人は
私の前に立って「ナマスカール」と
両手を合わせた
『ナマステ』と私は答えた
ホームに降りたネパール人は
再び 丁寧に両手を合わせて
見送ってくれた 
(ネパールではナマステが お早う
今日は いらっしゃい さよなら など
全ての挨拶語でナマスカールは
丁寧語である)

やけに丁寧で 少々ウルウル気味だった
あの若者と 何を話したのかを
私はK君に尋ねた

「お父さんと何処へ行くの?」と聞かれ
「お父さんじゃないょ これから病院」と
答えた
車椅子と首のコルセット姿の私を見て
その若者=留学生は「可哀そうに」と
言ったそうだ

K君は 答えた

「この人車椅子だけど
人生は自分で歩いているょ」 と

いささか 格好良過ぎる言葉だけれど 
新年 ココロに銘じマス

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人物往来 日々是好日Ⅳ ~ 日刊ゲンダイ 七五三 キモノシャツ ~

「花は桜木 人は武士」 
鮎もそれに劣らず 爽やかで潔い 

鮎は言わば日本の風姿だと知ったのは
日刊ゲンダイSさんに教えられたからだ
かって私は「落ち鮎」を
言わば落ちこぼれのたぐいだと
考え違いをしていた 

6年前秋深まる頃 信州白馬村
私の経営する[ 御宿かやぶき茶屋 ]の
取材にSさんが見えられた
隣村小谷村の山峡を廻る姫川に
鮎釣りの大穴場を探索して
ご機嫌釣果 鮎16尾を手土産に頂いた

囲炉裏を囲み 地酒白馬錦の
ほんのり酒で Sさんは
少しずつ能弁に 鮎の生態を語ってくれた
鮎は 清流の苔だけを食み
上へ上へと目指す 秋には
産卵のため河口へ辿り 落ち果てる
それは 人の一生 生き方にも
含蓄ある指針だと Sさんと私は共感した
--------------------------------

「日刊ゲンダイさんは 3時ですネ」と
店のMさん「ソレマデお休み下さい」と
言われた

時間に追われ 取り寄せの天丼で
急ぎの昼食を共にした カメラマンM君は
撮影に 出掛けた

私は暫時 寝る事にした
こんな時少しでも寝ないと身体がもたない
歯がゆいが止むを得ない

「ゲンダイさん お二階へ
お通ししました」と起こされた

Sさんに
「お久し振り お元気そうですね」と
言われて 私は皆様への答え
3パターンを紹介した

①お元気ですか?
『フゲンキデス』

②お変わり有りませんか?
『カワラナクテ コマリマス』

③お加減如何ですか?
『キョウアシタハ モチソウデス』

「いゃぁ その言い方はヒラサワ流で
相変わらずデスネ」とSさんにいなされた

日刊ゲンダイ取材に きものひらさわから
お願いの眼目は 二つある

来春売り出し ひらさわオリジナル
『キモノシャツ』素材が木綿の
とうざんしま
昔々は番頭手代の着物だった
当棧木綿縞を スタンドカラーの「和」の
長袖シャツに創作した

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6年前にも私のオリジナル
日本中初めての
『きものアロハ ゆかたアロハ』の
売出しにも
日刊ゲンダイが紹介記事を書いて頂いて
それがきっかけで
いささかなブームにもなった

Sさんに
「原宿へアンテナショップを出店しなさい」
と勧められたが 私の体調もあり
叶わなかった

言わばこの夏「ゆかたアロハ」が
TVちい散歩に取り上げられ
フィーバーした原点でもあるのだ

キモノシャツの他に もうひとつ
ヒソカニヒラサワサンの狙いがある

世の中言うべくもない 少子高齢化時代
少ない子どもに ジジババ パパママが
寄ってたかって世話焼く時代
従って三段論法なら『七五三お祝着』に
商機と勝算ありが 私の考えなのだ

ツマリ きものひらさわ
[ 七五三専門店 ]を展開したい
さすれば見渡すところ 現時点では
東京中或いは日本中に その発想は
他に無し きものひらさわ七五三専門が
拍手ゴ誕生なのである 

とマァ カイツマンデ話すと
Sさん流石に理解が早い
話が早い トントントンと
新春早々 土曜日の日刊ゲンダイに
スポット記事を書いて下さる事になった

物事は アイミ=タガイであるべきだ
天下のゲンダイさんが
記事にして下さるのだ
ゲンダイさんの期待する
―読者の反響多大―を
ヒラサワがタンポすべきが
大事な勘所である

秘策? 呈上! ソレデイキマショウと
喜んで下さったプラン
きっと読者に大きな反響があるだろう

乞う諸兄諸姉 日刊ゲンダイ紙面を
スミから隅まで ズズ ズズーィッと
御覧あれ!!である


撮影を終えたM君が 戻って来て
加わり 談笑しばしの後
Sさんが帰られた

一息入れるかと 食卓に着くと
メモと紙袋があった
ご近所のA子さんからの頂き物
中身は 柚子と京菓子
そして絵葉書二葉に 目を見張った

書道好きだった亡き妹が
生前 毎日新聞書道コンクールに
3年連続入選した折に
美術館で販売された 妹の入選作品の
写真だった

私に劣らず 客好きだった妹が
計らったような一日になった

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人物往来 日々是好日Ⅲ ~ 12/18午前スパルタ教育 ~

―双子ちゃん!女の子ご誕生!!―

S平が お父さんになった
父親似で美人とかだが
父親の言であって俄かには信じ難い!

予定日をひと月早い帝王切開
小さく生んで大きく育てろの
子育てスローガン!があるが
2300gと知らされた
名前が極めてよろしい
〔 紗和ちゃん 〕〔 芽衣ちゃん 〕
ナニやら呉服屋にも
所縁のアリソーな命名ではある

昨夏 結婚式のお祝いに
新郎新婦お揃いに 御存知!
{きものひらさわオリジナル}の
〔 ゆかたアロハ 〕贈ったのだが
その折 赤ちゃん誕生時の用意に
アロハの生地を取って置いた
用意周到のツモリだったが
双子とまでは想定外?の出来事だった

生地は何とかヤリクリつけて
 『一人も二人もオンナジだ』との
メッセージを込めて
子供アロハを仕立た
そして大忙し 浅草へ使いを出して
へその緒入れの小函を求めた
江戸指物で干支の可愛い丑の図柄だ
予定日が12/30
2日遅れたら干支が寅に代るので
買い控えていたのだ
お祝いを送った後 ふ~ッと息をついた

S平のヤツ卒論も就活も
ぎりぎり間際まで気をモマセタものだが
そんな折 何時も私より
ヤキモキ気を揉んだのが 妹だった
今日はその妹の月命日である

Shei



―カメラマンM君―

自分で言うのもナンダケド
私の思いつきは 何時も秀逸だとの
[ヒョーバン?!]がある

〔七五三&成人式〕にカメラマンを同行
記念写真を撮るアィデァプランも
そのひとつだ

日本人のアィデンティティ
『神社へ御参りをなさい』と
無信心の私が勧めるのも
妙な説得力があるようだ
前撮りに 御自宅―美容院―神社と廻る
記念写真が 大好評である

私のワルイ癖?で
自分はイチ円もモーカラナイが
その代わり紹介の若手カメラマンには
ウルサイ ウルサイ
コウルサイ注文一杯である
シャーナイ
お客様の為だ

本日は成人式を迎えるお嬢さん
難病で入退院を繰り返されている方だ
大事を取ってM君に
早目に来店打合せをと電話しておいた
~ 午後は日刊ゲンダイが
取材に見える~

オソイ遅いでイライラ頭に来た頃
丁度キタ マッテタホイ問答無用ダ
M君を2階きもの展示室に呼び上げた
『ブルゾン脱いで』『ジーパン脱いで』と
言ったら 目をシロクロさせた

ミーティングの『時間が無い』のだ
『ハヤク振袖着て』で
M君はクチアングリだ
委細構わず店のNさんが
着付け進行である
ヒゲ面の若い衆が
即席振袖姿に仕上りである

ワラッテイル場合ではない
シュッパツ進行!
●袖を持つ
●ポーズを取る
●歩く 
=本日写真撮影の要点を
身体で覚えてもらったのだ

後刻 若手カメラマンM君
「スッゴイ シゴキだ」とボヤイタソウダ
知るかそんな事 
プロだろ
『 百聞は体験に如かず 』だ
レレッ ちょっとチガウカ

【サテト 明後日曜日のカメラマン
T君は 身長193cmである
振袖姿如何なる哉!!】!

(金曜日12/18PM分ツヅク)

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正鵠を失ったマスコミ諸君 ~ 傲腕・小沢一郎 ~

噂話だから 真偽のほどはワカラナイが
田中角栄は 娘真紀子の婿に小澤一郎を
第一候補に考えていたそうだ

実現していたらドーダッタロオ
喋りと無口 躁と鬱 陽と陰
正反対のような性格だが
これもお喋り雀の噂話で
うなずける分析がある

田中真紀子も小澤一郎も 
二人は 瓜二つの似た者同士
倣岸無礼の性格とともに
人間関係が相似形だと言うのだ

小沢も真紀子も人間関係を
「敵」か「味方」か「使用人」かの
3パターンでしか考えていないと言う
ナルホドである

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『天皇陛下と中国習副主席との特例会見
についての
小澤幹事長の発言は倣岸無礼だった

一知半解に憲法条文を並べ立て
宮内庁長官辞職を云々する尊大な態度を
何とも不愉快な思いで私は報道を聞いた
伝えられる羽毛田長官発言の本旨は
1ヶ月ルールのみにあるのではないと思う
大きい国 小さい国との言い回しを
忖度すれば 本意は自ずと判明する

天皇のご会見は
過去おおむね 国家元首か
それに準じた方々が 恒例であって
この度 序列6位の方を認めると
ハードルが低くなり向後が難事になるとの
含意を込め さらに習副主席をも
傷つけぬ丁重な断りなのだ

国家と国家の外交儀礼上
特に政治分野では
順位序列の考慮が優先重大事なのだ

習副主席が次代のホープとの報道が
正鵠としても 政治家の先物買的浅慮で
天皇会見を特例推挙は
如何にも政治的なあざとさが
みえみえで乱暴 将来に禍根を残す

さらに小澤幹事長は
「天皇に お聞きをすれば云々」と
言っていたが
それこそ天皇の政治的中立を損なう
憲法上許されるべき事案ではない』


実は『』の中は 小澤発言の当夜
電話で話が及んだ友人と
それぞれ別の文章で
友人は○○新聞読者欄に投稿
私は△△新聞に投稿したが
二人とも掲載されなかった

私のはともかく
仔細は知らぬが 友人の文章は
元プロで完璧に近かったと思う
だが
それから数日
○○△△両新聞読者欄とも天下泰平
― 孫ノ話 電車内ノ親切話 ―等々だ

読者欄だけではない
見過ごしてはならぬ危険
天皇をも利用する小澤の発想を
反論しないマスコミは
番長に睨まれた
パシリになったと言うべきだ

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嗜好を禁ずる世間の貧しさ ~  「人物往来」「日々是好日」Ⅱ ~

★木曜日 K君
毎週木曜日は私の通院日
脊髄へブロック麻酔注射
圧痛点へのトリガー麻酔注射で
レロレロになり 意識モーロー 船酔い
ノリP状態(?)での帰宅
それでやっとコサと 私の身体は
リセットできる

その[付添い介護車椅子]の
ハンパジャナイ“大変”を
退院後満3年間も
K君の世話になっている

当のK君は“大変”をオクビにも出さないが
近頃通院往復の
K君に辛い事情が生じてきた!?

一見マジメ風のK君だが
オン年5才ヨーチ園で初飲酒
現酒豪である(?) 

煙草は チュー学時代に初喫煙
現超ヘビースモーカー!でもある

嫌煙から禁煙へ
近頃サディスティックな正義面の横行で
東京の交通機関はオール禁煙である
喫煙者は あたかも非合法の
日陰者扱い ヤナ雰囲気の時流ではある

K君在住のJR千葉県M駅も
[首都園禁煙]になった
千葉のド真中がドーシテ首都園か
ワカラナイ
そもそも JR M駅は 東西南北
前後左右 吹きっさらしの屋上が
プラットホームである 
春夏秋冬 煙草のケムリなんぞは
吹きかけたくとも
他人の顔まで届かない!

ツマリは 健康に名を借りて
オソージイヤが本音だと
ワタシは推測する 

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★K君 水曜夕

M駅から私宅への西新井駅迄
乗り換え3回の都度
駅舎の外へ出て一服だそうだ

さらに木曜朝 私が目覚めると
灰皿に5~6本吸殻がアル
車椅子押して10分
駅前煙草屋の灰皿で一服
義理堅く(?)その煙草屋で
ハイライト2箱を買い
乗り換えの秋葉原駅傍の公園で一服

下車 中野駅傍で一服
次15分病院入口バス停で一服
広大な病院の敷地内が禁煙なので 
点滴器具を曳いた患者さんが
パジャマ姿で バスの乗り場での
喫煙である 何とも言葉が無い

どの喫煙場所も ひたすらセカセカと
煙草を喫うためだけの人だかり
異様としか思えない

私は煙草を吸わないが
煙草屋だから覚えてる
約10年前 国鉄旧債務解消の為
煙草値上げをした
タバコ1本約1円の値上げ
そのタバコ増税分を
国鉄JRの借金返済にあてたのだ

だからドーノとは言わないが
取り沙汰されている 煙草増税論も
不可思議奇妙な話だ

税は 罰金では無い
ペナルティでも無い

いわんや税に 教育措置を求めるのは
ナンセンス以外何ものでもない

煙草増税値上げは イジメそのものだ
標的をつくり健康の大義名分を
こじつけ 趣味嗜好にまで
ずかずか入り込む風潮は
私には背筋の寒い不快感がある

煙草を喫わない私は
かって 山登り仲間やスキー友だちが
山頂でくゆらす紫煙一服を ほれぼれと
見惚れたものだ

パイプの煙り
それには 或る文化もあったと私は思う


トワイウモノノ
 『オマエも身体に気をつける年令だから』
と私は K君に苦言を呈した
『酒もほどほど 煙草も節煙したら』と
介護ベットの中から言ったらKは
「1日にケーキ11個食べたアナタにだけは
言われたくない」と
コシャクな反論をして来た

イイガカリ誤認ダ
ワタシは某日午後からケーキを
食べ始め 夕食後食べて寝て
深夜目覚めてから残りのケーキを食べタ
従って食べたケーキは
“二日”にワタっての11個なのである!

『1日デは マチガイ!
モノゴト正確をキセ!』と言ったら
 「ハイ ハイッ ハーイ」だと

「ハイ」にメロディが付くのが素直じゃない


事の顛末も含め K君の大酒を
ホームページ担当のタケウチ君に話したら
言ったぜカレシ
「ヒラサワサンが
アンコやケーキを止めれば
K先生も 酒タバコを止めると思います」
ダト

ソレ聞いて ワタシはヒソカニ
タケウチクンにサツイをイダイタ……?!

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