沖縄県知事選挙 ~ 沖縄差別 ~

沖縄県知事選挙 辺野古移設反対の
玉城知事当選
自民党公明党の膨大な物量人海戦術を
制しての快挙だ
「沖縄県民斯く戦えり」と賛辞を送りたい

半世紀以上前 私は未熟な若気の至りで
アメリカ占領軍政治下の沖縄旅行を
海外渡航と考えて出掛けた
鹿児島から乗船三等船室の大部屋で
眠りについた深夜
船員に肩を叩かれ起きた
何事かと聞くと「今 国境線を超えるので
ビザを見せて下さい」と言われ愕然とした
隣合せの沖縄のおばちゃん5人が
小さく低いが鋭い声で
船員を難詰していた
「日本人が日本の国を往き来するのに
どうしてアメリカァーの許しが要るのよ」
「ごめん ごめんよ 上に言われてるんだ」
おばちゃん達も船員も
目に涙を浮かべていた

【沖縄差別】
私は言うべき言葉を失い 毛布を被り
眠れぬ夜を過ごした
【沖縄の差別】は あれから半世紀を経た
今も変わっていない
アメリカ軍が 日本の司法行政に優先する
【日米地位協定】の存在が
その最たるものだ
独立国家日本の矜持に疑問符が付く
【日米地位協定】は 安倍総裁以下
自民党国会議員の積年の怠慢
政権与党自民党の対米従属が
原因なのだ
日本国憲法をも踏みつけの国辱的
【日米地位協定不平等を改訂】
アメリカ追従を改める憲法論議は
その後の問題提起が 当然なるべき
順序ではないのか

沖縄県知事選 過去最大得票の
玉城知事への沖縄県民の民意を汲み
辺野古埋立て中止
沖縄の基地削減取組み
【沖縄差別】撤廃が 今まさに
政治家本来の任務なのだと考える

*赤恥カイタ三者
●菅官房長官アメバラマキ
●小泉進次郎ゴ当地ソング
●公明党人海戦術
反省や如何に

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安倍総裁にお尋ねしたい

●川柳当選句:「答弁と 言うよりむしろ
口答え」:勿論 安倍晋三への句だ
安倍晋三流は 屁理屈 言い逃れ
当てこすり 真っ当な答は無理
デモ言っておきたい

①直近の国政選挙で 自民党の得票率は
3割だった

タッタの3割政党の勝者が
「日本国総理大臣」?は システムバグ
オカシカないですかネ
しかも得票率3割の中身に
自民党後援会と化した公明支部?の票が
多々あるのだ

②安倍総裁任期中に開催の
東京オリンピック!

忘れてナイダロネ!
オリンピック招致演説での安倍総理は
「フクシマ アンダーコントロール」と
スピーチした 言わば国際公約なのだが
未だフクシマでは 放射能土壌を
袋詰め山積み以外に対策が無し
未だ県外避難被害者 故郷を捨て
自らの住まいに戻れない人々多数
未だ立入禁止の放射能汚染土地が
広大にある
「フクシマ アンダーコントロール」は
安倍の口先三寸 国際公約違反
恥さらしだが 恥さらし以上の異常は
安倍内閣に依る原発再稼働と
原発輸出 安倍の脳力不足歴然だ

③目下緊喫の沖縄知事選挙についてだが
「辺野古埋立て」は前回知事選で
「埋立て容認の仲井眞」と
「埋立て反対翁長」が対決
辺野古沖埋立反対の翁長氏が
10万票の大差で当選
仲井真氏は惨敗落選だった
直後の一週間 本来事務引継ぎのみが
仕事の 落選仲井眞知事が
【行きがけ駄賃】に
【辺野古沖埋立て許可】をした 
言うなれば 選挙での民意=民主主義の
基本中の基本をポイにしたのだ
沖縄には日本の司法行政より優位な
アメリカ占領軍軍政時代からの
「日米行政協定」がある
日本国の司法行政より優位で屈辱的な
行政協定すら改正出来ずに
何が憲法改定だ
これって安倍流 目くらまし作戦なのだ

④しばらく以前 安倍晋三オトモダチ
トランプ大統領は来日の際

日本の首都東京の玄関口羽田空港を
利用せず 首都東京隣接アメリカ空軍
横田基地を利用
帰路もアメリカ空軍横田基地より
飛び去った
独立国の面目丸つぶれだと私は考えたが
アベクンは 無神経なのか
へっぴり腰なのか 逸嬌なのか
安倍のミス歴然だよ

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73回目の敗戦の日 ~ 戦中戦後の想い ~

8月15日 平成最後の全国戦没者追悼式
天皇皇后両陛下 御臨席で執り行われた
天皇陛下は 平和への想いを
【四つの日】に託し
大事にされて来たとのことだ
8月15日「終戦の日」
6月23日「沖縄慰霊の日」
8月6日「広島原爆の日」
8月9日「長崎原爆の日」……
『東京大空襲の日』3月9~10日は
御存念に無いようだ

昭和20年3月9日夜~10日未明の
東京大空襲
アメリカ空軍により虐殺された焼死者は
ほぼ全員が今日で言う非戦闘員
10万余人が殺戮され……
生き残りの大人達に衝撃だった
更にの衝撃は 大人達のひそひそ話で
畏くも聖上大元帥陛下が
瓦礫の焼け跡を徒歩で御行幸との
噂話には驚愕した……
軍国少年の私は「ウソだ嘘だ絶対嘘だ」と
抗がった

白馬に打ち跨る雄姿
陸海空三軍の長 大元帥天皇陛下が
徒歩アルイテの爆撃跡の行幸等
有り得ぬ作り話だと頑強に大人達に
反抗した……

国民学校では毎朝登校時に
全員校門直近奉安殿に向う
天皇皇后両陛下の御写真が
内蔵されてあり 一人づつ直立不動
最敬礼後 教室に向い 教室では
先生の入室と同時に 級長が
『起立っ 礼っ』の号令後起立のまま
『私達ハ天皇陛下ノ赤子(せきし)デス』と
大声での斉唱が 毎朝 授業開始の
鉄則だった……
神国日本:萬世一系天皇陛下:
敵米英撃滅:一億火の玉:と
私は刷り込まれていた

歴史に「もしも」は無いと謂うが
三月九・十日東京大空襲で
アメリカ空軍と対峙した日本軍
非力を正確に把握認識し
戦争継続「否」との 正鵠の姿勢が
執られていたなれば
沖縄:広島:長崎:次々の無惨な死
悲痛な死が 起こり得なかったものをと
痛惜に思う

【十殺講話】
近衛吉田の和平:軍部の虚妄の
対峙に際して軍部傾耳は
返す返すも残念だ
然も【東京大空襲】10万余人虐殺死者が
次代に埒外で記憶に残らぬとすれば
浮かばれぬ

繰り返しだが 年寄り 女 子供のみが
暮らす東京下町へ B29爆撃機大編隊
低空飛来【照明弾】でおびき出し
爆弾投下炸裂で爆殺
油脂グリス焼夷弾で 死後迄も焼く殺戮
更には 死者生者へ区別なく無差別射撃
まさに偏執狂か嗜虐性癖かとも思える
指揮官がカーチスルメイ将軍だった

あろうことか戦後 佐藤内閣が
航空自衛隊育成の功に依るとして
カーチスルメイ将軍に
「勲一等旭日大綬章」を贈っているが
私はこれを国辱と考える
以来 半世紀後の現今
勲章返還を主張する国会議員
皆無である

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73回目の敗戦の日 ~ 東京大空襲 ~

灼けるような陽ざし 碧い空
73年前の8月15日 敗戦の日だ
大日本帝国は まさに叩きのめされて
無条件降伏 ポツダム宣言受諾
戦いに負けた
「終戦」では無く「敗戦」なのだが
負け戦を「終戦」と言いつくろって
自省が無い 
一国の興廃 歴史の真実に目を背け
 「体裁」と「格好」付け“言い訳”
“言い逃れ”
敗戦を終戦と表現する悪癖体質が
現今政治の ウソツキ ゴマカシの淵源と
私は考える

8月15日 昭和天皇の玉音放送
著名な一節がある 
「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ビ難キヲ忍ビ
以ッテ萬世ノ為ニ 太平ヲ開カント欲ス」
この文言に軍国少年の私は疑念を持った
萬世に続く二字が伏せられているとの
直観は 今も同じだ
「萬世一系」は四字熟語
萬世一系は天皇家の前置詞枕詞でも
あるのだ

8月15日 本年も 
天皇皇后両陛下御臨席で
全国戦没者追悼式が 執り行われた
戦死者310万人と言われるが
その内 約40%以上が 
餓死と病死との推計がある
戦いに赴いた戦地で武器に依らぬ死
【餓死 マラリァ等の病死】は
悲痛な惨劇だ
しかも 餓死病死の大半は
下級兵士なのだとは 言うべく言葉もない

8月15日正午
全国戦没者追悼黙祷の合図だが
私は わだかまりが有り 黙祷しない
戦後73年だが
【73年前の3月9日東大空襲】の
死者犠牲者への慰謝鎮魂が未だしであり
司法 政治 行政から
全て見捨てられたままだ
東京大空襲被害者訴訟に
裁判所はほぼ門前払い
その判決は被害者に泥水を浴びせる如き
不快な屁理屈 曰く
「東京大空襲被害者は
国との雇用関係が無かった」の論旨が
あった

ならば問いたい
明治憲法下の大日本帝国旧軍人への
恩給61兆円支給に付いては
新憲法下の日本国は軍事不保持であり
軍人恩給支払いは違法なのではないか

旧軍人を祀るべくは 千鳥ヶ淵戦没者墓苑
異論はあるが靖国神社がある
東京大空襲死者御霊は
関東大震災の震災記念堂に在る 
東京大空襲死者御霊は
自然災害死者御霊と
同居させられているのだ


(つづく)



*敗戦の翌年 復員兵の隣家
フクチの小父さんに話を聞いた
「自分も傷つき餓死寸前の時
戦死した戦友の死体に沸いた
ウジ虫を食べた……」 
数日間私は思い出しては 震えた*

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「死なばもろともよ」がわが家の合い言葉。

昭和20年3月9日深夜
「警戒警報発令」で母に揺り起こされた。

当時10歳の私は防空壕に入ると

ひどい喘息発作を起こすので、

母は2歳の妹を背負い、私と妹8歳、

弟7歳の左手を紐で縛って繋ぎ、

いつもの口癖「死なばもろともよ」を

強く言った。

「防空頭巾の紐っ」「水筒っ」「手拭いっ」

「ズック(靴)」と母が点検、

「死なばもろともよ」を2度3度繰り返し、

店の片隅の土壁に母子5人が

肩を寄せ合って座ると直後に

「空襲警報発令」がされた。


低空飛行のB29爆撃機大編隊が飛来、
恐怖の大爆音だった。
真っ昼間のような照明弾破裂。
ドギモを抜かれ震えた。爆弾投下炸裂、
低空飛行襲来轟音、焼夷弾、
続いて油脂グリスのバラマキ炎上。
それが身体衣服にへばりつく―――
死後も顔面が燃え続けていた―――。
起ち上がり、走り出そうとする私たちを
母は「ダメッ」「ダメッ」「水筒! 水っ」と
叫び水を飲ませ、まだまだと励ました。
店前の十字路は避難の人々が右往左往、
混乱極限だ。大風呂敷包みを背負い
逃げ惑う人々に、直前の交番から巡査が
出て来て「荷を捨てて逃げろ」と
サーベルで風呂敷包みを
叩いて回っている。
直後、低空飛行、機銃掃射バリバリバリ、
バリバリバリ。大火災が渦巻き、
火の粉が飛んで、母の背中の
妹の泣き声が「キキー、キィーッ」と
悲鳴に変わった。

母の紐を引く合図で起ち上がり
「手拭い、口にっ」の指示で
外に飛び出た。
パラパラっと火の粉が飛び、
百数十メートル近くに大火災が
迫っていた。バリバリバリ、バリッ。
機銃掃射に再び屋内に逃げうずくまり、
妹弟と3人震えながら抱き合った。
暫くしてB29爆撃機の音が消えて、外で
大勢の人声がどよめくように聞こえた。

「おかみサン、おかみサン!」という
交番巡査の声かけで屋外へ出ると、
烈風の方向が変わり、
火の手が逆向きになった。

数十メートル先は焼け野原、焼け跡が
果てしなく続き、人々が立ちすくんでいた。
2キロ離れた祖母の酒屋が全焼し、
一家4人がわが家へ避難してきた。
「親戚2人が焼死」の報せに、祖母は
「女子ども、年寄りを空から打ち殺すなんて
惨い。アメ公は鬼畜生だ」と
身体を震わせて慟哭した。

平澤建二
(昭和10年生まれ 83歳・東京都)

通販生活2018年盛夏号
―戦争を知らない世代への伝言。―より

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昭和19年秋 激しさを増した戦時下で
隣組の相互密告監視体制が強固になった
その秋 「女中禁止令」が出て父は徴用に
召集された
我家では身重な母一人が
幼い私たち4人を守って暮らしていた
翌20年2月初め
栄養不良のまま未熟児を出産
一週間後に死亡させた
母は涙を拭く暇もなくひとり必死に
4人の子育て 商い 家事の全てをこなす
激務の中にあって 3月9日
悲惨な東京大空襲に遭遇したのだった
 

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信州白馬村 御宿かやぶき茶屋 御挨拶

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珍客 シアトルからのお客様 ~日本人が忘れたもの~

かっての 江戸っ子的東京っ子は
満足の買物を終えると ほぼ一様に言った
殿方は「釣りは要らないょ
取っといてくれ」と 小気味よい口上で〆た

ご婦人は「ご面倒掛けたわネ
サショウ ダケドそちらへ」と
これ又 粋だった
この手の方は 昭和の時代迄の存在で
今や ほぼ絶滅危惧種である

対する商人も
『ハンパは タネ銭に お預け致します』と
端数のオマケをしたり
特段の事情に『算盤を忘れまして』と
お客様の懐具合に合わせ
値引商いをしたものだが
これ又 近頃 パンダかトキのタグイで
希少な骨董的生物になったようだ
ワガひらさわ83歳店主は
そのタグイ 折々番頭サンに
ニラマレル事シバシバである

某日 午前10時半朝食
コーヒーひと口の所へ 店員Mさんが
顔を出した
「外人さん4人さん 浴衣のお買物です」
「二階展示室にしましょうか」と聞かれた
『そうだね お楽しみに
振袖も見て頂いて!』と私
Mさんは ご主人のお仕事で
海外生活が長かった
言葉も十分 お選びも浴衣なら
任せて大丈夫と思っていたら
コーヒーふた口目に?→
室内電話で呼出し→二階行だが→
体調不調『ヨッコラショ』と→車椅子→
二階へのリフトに『ヨッコラショ』→
二階専用車椅子に乗換え『ヨッコラショ』→
ヨッコラショ ヨッコラショの連チャン移動だ

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外人サンは男女4人
二組ペアと思ったら
ホテルで知り合った仲だそうだ
浴衣お買物は 身長195㌢の男性
マサに(車椅子から)見上げるような
巨漢である
当然だが 既製品の【仕立上り浴衣】では
ツンツルテン テンデ サマにならない
「土産だから これでヨイ」と外人サン
 『売れればヨイでは のれんがスタル』と
店主 通訳Mさんの意訳らしい説明に
大きく頷いたOKサインの外人サン
あれこれ迷われたが
粋な縞柄の東京本染浴衣を選択された
さて仕立が大至急
仕立屋さんに店主が掛け合いで
外人サン滞在中の二日間で
ご納品にこぎ着けた

店主『ペラペラプリント外国製浴衣は
国辱物?』だと気炎を挙げ
『日米親善ダカラ?』と
ゴ機嫌ジョークで オ値段大勉強
仕立代角帯を含め
合計金弐萬九千数百円也にした

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お会計のMさん 素っ頓狂な声を上げた
「社長! オツリは 要らないと
仰ってマース」
『折角だから 頂いてオキナサイ?』~~
サービスに「扇子を差し上げて」と
指示したら シアトルから来日された
お客様ニックさん 両手広げて
大喜びだった が 一件落着とは
ならぬ後日談 続々だった

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嘘つきは泥棒の始まり

「ウソツキハ ドロボウノ ハジマリ」
「嘘つきは泥棒の始まり」である
森友問題で「ソンタク」「忖度」と
カマビスシク「カイザン」「改竄」と
ヤカマシイが
―「忖度」本来は 相手を思い遣る
日本人の心象であり
そんなに悪い事でもない―
問題は「改竄」と言うウソゴマカシを行い
国民を欺いた大ウソツキが
官僚だった事だ

「公僕」の言葉が死語に等しくナッチャツタ
小役人と蔑称された連中は 忖度で無く
上役に「オモネル」が得意技
阿る=オベッカ:オベンチャラ:ゴマスリ
自尊心無し 恥知らずなのだ
モトモトは 国民の税金の中から
給料をモラウ自分の身分「公僕」を
勘違いして 上役にオモネリ
「カンテイ筋」に忠誠を盡す佐川長官
このままでは退職金5千万円は
ドロボーノハジマリと 心すべきだ

「イラク戦争の日報問題」も
本来只事ではないのだ
次世代の日本人の 文字通り
死活に関わる問題なのだ

「自衛のための自衛隊」と言う 
「ウソツキ」の上塗りに
イラクへ海外派兵を行った
更にその「嘘」に重ねて
戦闘のあった事を隠す「嘘」を
シャアシャアと吐いたのが
稲田朋美元防衛大臣であり
白々しくマジメ顔で嘘セツメイが
小野寺防衛大臣である

75年前 大東亜戦争太平洋戦争で
敗戦のその日まで 「勝った勝った」の
大本営発表
嘘の吐き放題だった為に
戦死者310万人
その内無残にも餓死者が4割だという
戦争責任 敗戦責任で言えば
上役指揮官ほど重い筈だが
戦後の軍人恩給年金では
上役ほど高額受給だったが
責任を感じての辞退者は
数えるえるほども居なかった
イケ シャアシャアと言うべきかダ

ウソツキではナイ と 信じたいが
新聞で報じられた 国会議員の
資産報告を読んで 唖然 呆然とした

【小泉進次郎代議士】所有
〈土地建物〉ゼロ〈預貯金〉ゼロ
〈借入金〉ゼロ〈車〉ゼロ
〈ゴルフ会員権〉ゼロ〈株式保有〉ゼロ Etc
オールゼロなのである

30代後半 独身 少なからぬ報酬を
「トッタカ ミタカ」ZERO行進!
「国民の範」たれと迄は 言わずにおくが
未来の宰相の器の行跡では無い
ご当地ソング的 遊説隊長が
国民的人気とは 世も末ではある

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